翌朝、教団の女子寮前に向かうと、ちょうどイルも報告書を持って寮から出て来たところだった。
「よっ!イル」
「あっ…スタナさん…」
俺が声をかけると、イルは肩を跳ねあげて驚き無言で会釈をしてきた。
普段なら小声でもしっかり挨拶をするイルが会釈しかしてこないって、俺そこまで嫌われるような事したか?
なんにせよ、フェミリアからの命令でイルの護衛を頼まれてる俺は、いつもより少しだけ距離を取った状態でイルと共に斡旋部の所長室へと歩いて行った。
道中でもイルは全く口を開かず、しばらくはお互い無言で斡旋部に向かっていたが、沈黙に耐えかねた俺は自分からイルに声をかけた。
「…なぁイル」
「ふぇっ…!?」
「俺、なんかイルの気に触るような事したか?」
俺が話しかけてくると思ってなかったのか、イルは若干声をひっくり返しながら反応して目を白黒させた。
この様子じゃ、俺の聞いた意味は通じてなさそうだな…
「いや、さっきからずっと黙ってるから、俺がなんかやらかして怒ってんのかと…」
「はっ…!ち、違います!黙っていたのは…その…」
俺がもっと分かりやすく聞き返すと、やっと意味を理解したイルは俺の言葉に食い込みぎみに否定すると、さらに何かを言いたげに口を動かすが口を動かすたびにどんどん尻すぼみになってまともに聞き取れなかった。
でも、とりあえず俺に怒ってたんじゃないんだって事は分かって、俺は内心で軽く胸を撫で下ろした。
「えぇっと、その…黙っていたのは、パシエスで私が、皆さんに迷惑を掛けてしまった事で…特にスタナさんには、怪我をさせてしまったうえに私を宿まで運ばせてしまって…そ、それで…!」
「待ってくれイル、もしかして俺がイルのこと怒ってるって思ってたのか!?」
イルの口振りからまさかと思いつつも頭に浮かんだ事をそのまま聞いてみると、イルはおずおずと首を縦に振った。
待て待て、俺が最初思ってた事と真逆じゃねぇか!
なんで俺がイルを嫌うと思ったんだ!?
「なんで俺がイルの事怒らなきゃならねぇんだよ…」
「それは…私のせいで、スタナさんに怪我を…」
「あれは完全に俺の不注意だから気にすんなよ。あと、イルを宿まで運んだのも俺が勝手に判断してやっただけだし、部隊のヤツらなんか揃いも揃ってイルの事褒めてたぜ?イルはもう少し自分に自信持てよ!」
俺はあらぬ誤解を解くように笑って話しながらイルの頭をゆっくりと撫でた。
そうしたらイルは、また少し顔を赤らめながら目をキュッと閉じた。
前々から今みたいなイルの反応は嫌がってんのか喜んでんのかよく分からねぇけど、とにかく誤解は解けたみたいで良かった。
「それに、俺は他人に仕事を放り投げるような監督官じゃなくて、イルが来てくれて良かったぜ!」
「おやおや、新入り君は随分と失礼な事を言うんだね」
「はぅ…!せ、先輩…」
「やっぱり来やがったな。盗み聞きとか卑怯じゃねぇか?」
俺が件のクソ上司の陰口を叩くと、さっきから物陰に隠れていた張本人が不敵な笑みを浮かべながら姿を現した。
あの上司を見たイルは身体を強張らせて、俺の陰に隠れる様に身を寄せて来たから俺も片手を斜め横に出して軽くイルのガードを固める。
「盗み聞きとは失礼だね。まぁいいさ。そんな事よりイルちゃん、パシエスの任務お疲れさま」
「い、いえ…」
「聞いた話だと、昨日の夕方に帰ったそうじゃないか。君も新入り君も疲れてるだろうし、その報告書は俺が所長に渡しておいてあげるよ」
あのクソ上司、上部だけの薄っぺらい笑みを浮かべながら予想通りの事を言って来やがった。
やっぱりコイツ、イルから報告書を奪って自分の手柄にしようって魂胆だな。
たとえ良心からだったとしても、コイツの行いから考えりゃ絶対に渡さない方が良い。
そう結論付けた俺がキッパリ断ろうとした時、珍しくイルの方が早く口を開いた。
「あの、お気持ちは嬉しいです…けどこの報告書は、自分で所長に提出します…!」
「イルちゃんの判断はとってもエラいけど、君たちも早く休みたいだろう?」
「うるせぇ、イルが自分で持って行くっつってんだからサッサと退けよ」
イル自身もこの男は信用出来ないと思っていたようで、俺の後ろに隠れながらもしっかりと声に出して上司の申し出を断った。
よく自分の口で言ったな、エラいぞイル!
それでもクソ上司は引き下がろうとしねぇから、俺はわざと嫌味ったらしく文句を付けた。
するとさすがにクソ上司も頭にきたのか、あの貼り付けたような笑みが徐々に歪んできた。
「…君は本当に人を馬鹿にするのが得意なようだね。素直に渡してくれれば、こんな事しなくても良かったんだけど…上司を馬鹿にして言う事を聞かなかった君たちには、キッチリ躾けをしてやらないとね!」
「うわっ、危ねぇ!」
「きゃあ~!!」
クソ上司はそう口にすると、背中に隠し持っていた鞭をいきなり俺たちに叩き付けようとして来やがった。
急な攻撃だったが、一撃目はイルごと後ろに押し下がって、二撃目は万が一のために帯刀していた剣を鞭に当ててなんとか躱す。
それにしても、剣を鞭に打ち付けた時に臭ったあの刺激臭…
まさかコイツ…!
「へぇ~、てっきりちょっと魔法が使えるだけの小者だと思ってたけど、なかなかやるじゃないか」
「このヤロウ…鞭に毒でも仕掛けてやがるな」
「おっと、たった二撃で気付いてしまったのかい?そうさ、俺の鞭には強力な麻痺毒が塗ってあってね。少しでも掠めたら最後、全身が麻痺して最悪呼吸すら出来なくなるんだ」
やっぱりか!
ただの毒でも厄介だってのに、呼吸すら出来なくなるようなヤバいモン塗ってやがるなんて、どこまで卑劣なんだよ!
そうと分かれば、こんな所に長居は無用だ。
「逃げるぞイル!」
「はっ、はい!」
「逃しはしないぞ!!」
俺はイルの腕を掴んで今来た道を戻るように逃走を図ると、あのクソ上司も俺たちの後を追って来やがった。
あんな凶悪なヤツがいたら、そりゃあ新人たちも辞めて行くし話もしたくねぇわな!
予想以上に厄介な相手の素性に舌打ちをしながら、俺は教団内の曲がり角や柱を使って鞭が飛んでこないよう走りつつ、中庭や訓練所に出られる通りを探してひたすら走った。
最初は良かったが、俺と違って特に身体を鍛えてないイルの体力が底を尽きかけてきたせいでドンドン逃げるペースが落ちてきて、徐々にクソ上司が迫って来ちまった。
「はぁ、はぁ…スタナ、さん…先に」
「バカ!置いて行けるかよ!」
「ははは、鬼ごっこはお終いかな?」
俺たちに追い付いてきたクソ上司は、その顔に狂喜を浮かべながら鞭を構えると、走りながら器用に俺たちに狙いを定めてきた。
このままじゃ2人ともタダじゃ済まない。
そう思った時、ついさっき曲がった通りの反対、今の俺たちの後方から最近よく聴いた声がした。
「うわ~!どいて~~!!」
「なにっ!?ぐわっ!!」
ーーざば~ん!!ーー
後方からした声と盛大な水音に驚いた俺たちが振り返ると、そこにはアホみたいにデカい容器を持ったタナトがクソ上司といっしょにずぶ濡れになっていた。
まさか、あの人が入れそうな容器に水を入れてクソ上司に体当たりしたのか!?
「くそっ、せっかくの薬が…!気を付けろ!!」
「すいませ~ん。でも、通路を爆走してたあなたも危ないですよ~」
危ないところだったが、タナトがクソ上司にぶつかって時間稼ぎをして、さらに水浸しにした事で鞭の毒が流されたのかクソ上司は手に持っていたあの厄介な鞭を乱雑に投げ捨ててまた追いかけてきた。
怒りに身を任せて再び俺たちを追いかけだしたクソ上司の後ろで、ニッコリと笑いながらタナトがVサインをしていたから、こうなる事を予測してわざとトラップを仕掛けてくれたんだな。
こんな危険人物を相手に足止めしてくれたタナトのためにも、俺とイルはさっきよりもずっと強く手を握り合いながら再び走り出した。
たしか、この先から外に出られたハズ…
「…こっちだ」
「ぐあっ!?」
「きゃっ…!」
目の前のT字路を右に曲がろうとした時、低い声と共に左の道から伸びてきた手に俺のローブを掴まれて無理やり左の道に引きずり込まれた。
引っ張られた拍子に呼吸が止まりかけた俺はどこのどいつだと相手の顔を伺おうとしたが、相手は頭までローブをしっかり着込んでて、顔どころか髪すら分からねぇ。
俺たちを引き込んだローブの…たぶん男は、さらに向こうの角を曲がってすぐの部屋へ俺たちを入れると、すぐさまローブ男も中に入って扉を施錠した。
なにがなんだか分からない俺たちだったが、ローブ男が施錠してすぐにあの危険な上司が近づいて来た音がして、3人とも極力気配や音を消して危険人物が去るのを待った。
「…そこか!!」
ーーガタガタッ!!ーー
「…開かないか。あの忌々しいガキ供、どこに行きやがった…?」
俺たちの姿を見失った上司は、俺たちが近くの部屋に隠れたと予測して通路に面している扉を片っ端から開けようとして来やがった。
だがローブ男が鍵を閉めてくれた事と、たまたまイルが驚きすぎて声すら出なかった事が幸いして、この辺りに俺たちは居ないと判断したらしい上司は通路の更に向こうへと向かって行ったようだ。
念のために相手の気配が消えた事を確認した後、ローブ男だけが先に部屋の外を目視してから俺たちは部屋から出た。
「…ふう、あの男もしつこいね。それにしても、まさか斡旋部にあんな卑劣な輩がいたとはね」
「あっ…り、リルムさん…!」
「おまえだったのかよ!」
安全を確認したローブ男がため息を吐きながらフードを取ると、中から出て来たのはリルムだった。
どうやらリルムもタナトと同様、俺たちが逃げる手助けをしてくれていたらしい。
「今は無駄話をしている場合じゃないだろう。向こうから訓練場に出られるようにしてあるから、早く行け」
「分かった、サンキュなリルム!」
「あ、ありがとうございます!」
いつもなら施錠してある訓練場の入り口をリルムが開けておいてくれたらしく、俺たちは軽くリルムに礼を言うと訓練場へと向かった。
あそこが通れるなら、斡旋部までかなり近道ができる。
タナトとリルムが手助けしてくれたって事は、フェミリアやメルも何か仕掛けて潜んでるのか?
そんな事を予想しながら訓練場に出てみると、そこには予想通りにフェミリアとメルがいた。
「目標を視認。詠唱開始…」
「イル、スタナさん、こちらですわ!」
俺たちの存在を確認したメルはなぜか魔法の準備を始め、フェミリアは斡旋部側の訓練場の出口を指差しながら俺たちに叫びかけて来た。
それにしても、なんで訓練場全体が水浸しなんだ?
昨日は雨なんか降ってないと思ったけどなぁ…
「…そこか!!」
「彼が来ましたわ!2人とも、急いでください!」
フェミリアが、今度は俺たちの後方斜め上を指差して声を張り上げた。
それを聞いた俺が走りながらフェミリアの指差す方を見やると、あの危険な上司が青筋を立てて2階から飛び降りて来ているところだった。
おいおい、斡旋部の監督官って兵団並みの身体能力があるのかよ!?
着地から走り出すまでのラグがほとんどねぇって、並みの傭兵や兵団のレベルじゃねぇぞ!
くそっ、せっかく取った距離が徐々に詰められてる…!
「…詠唱完了。指示まで待機する」
「分かりました。スタナさん!イルごと飛んでスライディングですわ!!」
「はぁ!?なに言って…!」
「私たちを信じてください、早く!!」
メルの詠唱が終わった事を確認したフェミリアは何を考えたんだか、俺たちに水浸しの訓練場で飛び込みスライディングをしろとか言って来やがった。
こんなとこで飛び込んだって相手に早く追い付かれるだけだってのに、本っ当にアイツの考えは分からねぇ。
けど、今のフェミリアの顔は勝算がある時に見せる顔だ…
…仕方ねぇ、やってやるよ!!
「掴まってろよイル!!」
「…へっ!?ひゃっ!」
「今ですわ、メルさん!」
「了解。…〈フリージング〉」
俺がイルを抱えて前方に飛び込む様に倒れると、フェミリアの指示を受けたメルが辺り一帯を氷づけにする魔法フリージングをびしょ濡れの地面に打ち付け、訓練場をあっと言う間にアイスリンクのようにしちまった。
濡れた地面が凍った事で、俺とイルの身体は飛び込んだ勢いそのままにツルツルと滑って上手いこと斡旋部側の出入口近くまで来ることができた。
なるほど、だからイルごとスライディングしろって言ったのか。
一方あの上司は、フェミリアたちの策を読めず凍っていく地面とともに靴の底が凍り付き、見事に顔面を強打しながら転倒していた。
地味にエゲツない事すんなコイツら…
「今のうちですわ!」
「おう、並みの相手じゃねぇから気を付けろよフェミリア!行くぞ、イル」
「…はい!」
俺たちに先に行くよう指示したフェミリアは、俺たちに振り向きもせず愛用している聖書を構えた。
どうやら足止めをするつもりらしい。
女子2人で危険な男と対峙するのは少し危ないが、フェミリアとメルは現役の兵団員だし、あの厄介な毒鞭はタナトが捨てさせたから多少はなんとかなるか。
そう判断した俺は、一応の注意喚起をして斡旋部へと続く通路へと走り込んだ。
この通路に入れば、あとはほぼ一本道だ。
「ここまで来りゃ、もうすぐ…!」
「あっ…スタナさん、止まって!」
「え…?ぐぶっ!」
「おっとと!」
目的地は目と鼻の先だと慢心した俺は通路の向こう角から近付いて来た人物に気付かず、イルが制止するも虚しく向かいから来た人物に思いっきりぶつかった。
勢いを殺しきれなかったイルも小さな悲鳴を上げながら俺の背中にぶつかって来たが、俺がぶつかっちまった相手はよろめきながらも俺とイルを支えてくれた。
曲がり角で少し勢いが削がれていたとはいえ、2人もぶつかったってのに少しよろけただけで俺たちを受け止めるとか、どんだけ鍛えてるヤツなんだ?
「誰かと思えば君たちだったか。タナトって子から、君たちがウチの上級監督官に襲われてると聞いたが、2人とも無事かい?」
「あっ、所長のおっさん!」
「ケイス所長…!」
誰かと思えば、俺たちが会いたかったケイス所長だった。
所長は俺たちの肩に片手ずつ手を乗せながら無事を確認すると、ほっと小さく息を吐いた。
イルも探していた所長に会えた事で安心したのか、胸に両手を当てながら心底安心したような顔になっていた。
そうか、わざわざタナトが所長に報告してくれたのか。
こりゃ、あとで何か礼をしないとな。
…って、所長に会えたからって安心してる場合じゃねぇや!
「そうだ、フェミリアとメルが…!!」
「やっぱり、フェミリア隊全員でイルを助けてくれていたのだね。部下の不祥事を罰するのも上司の務めだ、私も行こう」
「あの…私も、所長とスタナさんと行きます…!」
俺がフェミリアとメルの名前を口に出すと、所長もアイツらが協力してると思っていたようで、あの危険人物を止めるために共に来てくれる事になった。
そうなるとイルは所長室にでも居た方が良いかと思ったが、イルも俺たちと来ると自分で決めたから、俺たち3人は急ぎ訓練場に戻った。
俺たちが再び訓練場に戻ると、タナトとリルムもフェミリアたちと合流して斡旋部の危険人物を取り押さえようとしていたが、アイツもまだ鞭を隠し持っていたようでフェミリアたちの捕縛作戦は難航していた。
「何をしているのかねバティスト監督官、武器を収めなさい!」
「なっ!?け、ケイス所長、なぜここに…今日は昼からでは…!」
「その予定だったんだが…パシエスに行った者が今日報告書を持って来ると聞いていたのでね。入れ違いなどにならないよう朝からデスクで待っていたら、斡旋部の監督官が新人を襲っていると知らせが来たのだよ」
訓練場の光景を目にしたケイス所長が斡旋部の危険人物…バティストって名前だったのか…に武器を仕舞うよう声を張り上げると、バティストは有り得ないモノを見たような顔で凍りついたように動きを止めた。
俺とイルは所長がバティストの相手をしている間にフェミリアたちの側へと向かった。
とりあえずみんな無事みたいだが、全員隊服が引きちぎれてたり鞭が当たった痕があったりして酷ぇ有様だ。
俺とイルがここを離れてからそんなに経ってねぇってのに、フェミリアたちがここまでボロボロになるなんて…
所長とバティストの話から察するに、本来所長が出勤してくる昼までにイルから報告書を奪って一部を書き換えて、さも自分が任務を果たしたかのように所長に渡す魂胆だったのか。
危ねぇ毒鞭も使うし、兵団の1小隊を1人で相手にできるようなヤツがこんな事してりゃ、斡旋部に新人なんて居着かないわな。
「そんな事より、なぜ兵団の若手達が怪我をしている?そもそも斡旋部の監督官は、事前に申し込んだ場合を除き原則武器の使用を禁じられているはずだが」
「そ、それは、このガキどもが私の報告書を盗み、取り返そうとした私に武器を向けて来たので…」
「ふざけんな!襲って来たのはテメェの方だろ!?」
「なるほど、そういう事か」
「待ってくれ、コイツの言ってる事はデタラメだ!」
コイツ今度は俺たちのせいにして自分は正当防衛をしただけだとか口走りやがった。
最初に武器を持ち出したのも攻撃を仕掛けて来たのもテメェの方だってのに!
それなのに所長は納得したように頷いて、バティストに味方しそうな雰囲気だ。
所長、頼むからこんなヤツに騙されないでくれ…!
「バティスト君の言い分は分かった。だが、そもそも君が作ったという報告書は何の報告書なのかね?」
「何を言って…!パシエス遠征の報告書ですよ!」
「おかしな事を言うね。パシエスに行ったのは君ではないだろう。そもそも上級監督官の君がきちんと任務に当たっていれば、討伐部隊の隊長が怒鳴り込んでなど来ないはずだ。それとも、討伐隊長からクレームがあった事すら知らなかったのかね?」
「なっ!?」
一見もっともらしい理由を述べたバティストだったが、イルが監督官の任務を押し付けられたあの日フェミリアが斡旋部に怒鳴り込んだ事は知らなかったらしく、バティストは目に見えて狼狽え出した。
確かにあの時のフェミリアは今まで見た事がないほど怒りをあらわにしてたから、下手したら斡旋部の周辺まで響くくらい怒鳴り散らしたんだろうな。
「まったく、職務怠慢も甚だしいですわ!おかげで、斡旋部内で隠蔽されないよう急ぎ教団査問会とケイス所長に書状を書くハメになりましたわ!」
「え、隊長、査問会にも書状を書いたんですか!?」
「うちの隊長は、教団創設メンバーの御氏族でありグリンフィール有数の貴族ハーミッド家のご令嬢ですからね。そんなお方が出した書状が査問会にも行っているなら、タダじゃ済まないでしょうね」
「なっ…そんな…!」
査問会ってのはたしか、教団内の不正やらを独自に調査して制裁を下せる組織だ。
そんな機関にまで話が行っているなら、よっぽどの権力者や国に大きく関わるような人物でもなきゃまず言い逃れは出来ない。
バティストもそれが分かったようで、力無く膝から崩れ落ちた。
まぁ、自業自得だよな。
その後、騒ぎを聞きつけた俺たちよりも更に上の兵団員がやって来て、バティストは兵団員に捕縛された。
俺たちは一日中事情聴取を受ける事になったが、翌日には解放されて1日遅れの休暇を取ることになった。
イルも無事所長に報告書を渡す事ができたうえに有休をもらう事が出来たらしく、俺とイルは久々に2人でグリンフィールの街に出かけた。
そんなこんなで、あっという間に俺の体験入団は最終日となった。
「本当によろしいのですか?」
「最初から言ってんだろ、俺は正式入団はしない」
「スタナさんならすぐに指揮官までのし上がれますのに」
「悪りぃけど俺は金や権力に縛られる生活より、今までみたいに妹と田舎でゆっくり暮らす方が性に合ってんだよ。今回の体験入団でより痛感したぜ」
俺たちは体験入団の最終処理をするためにフェミリアの執務室にいるのだが、処理を進めながらもフェミリアは俺を引き止めて正式入団させようとして来やがるから、俺はさもウンザリだという態度で断っていく。
まぁこの部隊は悪くねぇと思うけど、俺が正式に入団なんかしたら妹のフレスまで教団に入るとか言いかねねぇ。
もしそうなったら任務とかでフレスを危険な目に合わせるし俺もフレスを守れなくなる。
それだけは絶対にお断りだ。
「ケイス所長も残念がっていましたし、イルだって…」
「クドいぞフェミリア。まぁ、イルはちょっと心配だけど、イルには寮の仲間やお前が付いてんだろ」
「はぁ、本当に残念ですわ…ですが、仕方がありませんわね。ふぅ、これで処理は終わりです。今回の報酬はいつも通りスタナさんの口座に振り込んでおきますので、後日確認をしてくださいね」
しつこいくらい引き止めて来たフェミリアだったが、俺がノーの一点張りで断り続けたことでやっと諦めたのか、大きなため息を吐いて今回の依頼報酬の明細を手渡して来た。
「それにしても、団服までこちらで処分してもよろしいのですか?生地も上等な物を使っておりますから、端切れとして売ればそこそこな金額になりますわよ」
「さすがにそんなミミッちぃ事したかねぇよ…だから処理は頼むわ」
「分かりました。では、またなにか頼みたい事が出来ましたらその時はお願い致しますわ」
「そん時はまた引き受けてやるから、内容くらいは正しく教えろよな。じゃ、馬車の時間もあっから俺は行くぜ」
チラッと時計に目をやると、もうすぐハンティス行きの辻馬車が来る時間だったから、俺は話もそこそこに部屋を出て辻馬車の停留場へと向かった。
これで俺の教団体験も終わりだ。
帰ったら10日ぶりに妹の作った美味い手料理が食える。
そう思っただけで腹の虫が騒ぎ出したから、俺は早足でグリンフィールの石畳を進んで行った。
~おまけ~
ーイルと寮友シオラの共同寮室
シオラ「イル!あんた無事!?」
イル「ひゃあっ!?あ、シオラちゃん…おかえり」
シオラ「アンタ、あたしが居ない間にパシエス送りにされたって本当!?誰よそんな事したのは!!」
イル「お、落ち着いてシオラちゃん…!パシエスには行かされたけど、フェミさんとスタナさんが一緒だったから、なんとかなったし…私をパシエスに行かせた先輩も、査問会で有罪になったって聞いたから、大丈夫」
シオラ「そう、それなら良かった…って、フェミさんは分かるけど、なんでアンタの想い人まで出てくんのよ?てゆうか、イルが持ってるそのボロ布なに?誰かの団服に見えるけど…」
イル「あっ。えっと…実は、昨日までスタナさんが兵団の方に仮入団してて…でも、けっきょくスタナさんは正式入団しなくて…それで、要らなくなったスタナさんの団服をフェミさんが処分しようとしてたから…その…」
シオラ「つまり、ちゃっかりカレ服を貰って舞い上がってたワケね…」
イル「はうっ…その言い方、恥ずかしいよ…!」
シオラ「もう、ホントそのスタナってヤツなんなのよ!イルと幼馴染みってだけでもムカつくのに、なんでしょっちゅうフェミさんと仕事してんのよソイツ!あたしだってフェミさんと同じ部隊で戦いたいのに!!」
イル「で、でも、スタナさんは本当にいい人なんだよ?パシエスでは、ずっと私のことを守ってくれたし…!」
シオラ「あ~、ハイハイ。あんたの惚気話は後でゆっくり聞いてあげるから…」
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