スタナのアルメリス教団体験記1


ここはアルメリス教団本部の一室。

知り合いのコネで妹のフレスに教団の魔道士育成講座を受けさせてもらえるよう計らってもらった代わりに、しばらく俺が知り合いの仕事を手伝う事になった訳だが…

 

「まぁスタナさん、よくお似合いですわ!」

「いや待て、ぜってぇ俺だけ浮いてるだろ!?てか、そもそも話が違うぞ!」

 

どうしてこうなった!!

確かに知り合い、もといフェミリアの手伝いをする事は了承した。

だいたいは普段フェミリアから受けている仕事と大して変わらないが、少し事務的な作業もあるとも聞いた。

だけど、〈短期でアルメリス教団に入団する〉とは聞いてねぇぞ!?

話が付いて1日で俺の団服を用意してあるとか、アイツぜってぇ前々から画策してやがったな…!

だいたいこの団服ももう少し何とかならなかったのかよ…

基本は俺が普段してる戦闘服と似たデザインだが、教団特有の明らかに高そうな白黒の生地で〈着せられてる感〉が半端じゃない。

それが相当俺に似合わないのか、着替えのために借りた更衣室からこの部屋に来るまでの間、何人の教団員に不審がられたと思ってんだよ。

当のフェミリアは満面の笑みを浮かべるばかりで、俺の話なんか聞いちゃいねぇや。

こういう時のフェミリアは、それこそ誘拐や死亡事件でも起きない限りはテコでも曲がらねぇんだよな…

 

「…ったくよ~。受けちまったモンは仕方ねぇからやってやるけど、正式入団だけは絶っ対にしないからな」

「私とてバカではありませんわ!言葉でダメならば実際に入団体験をして頂き、世のために尽くしながら現在よりも豊かな暮らしができる素晴らしい我が教団の魅力を知ってもらいたいのです。そもそも…」

「だ~!!おまえの教団語りは耳タコだっての!」

 

フェミリアとの付き合いもかれこれ5年くらいになるが、未だに俺を教団に勧誘する事を諦めねぇ。

その過程でコイツが教団の事を話し出したら余裕で陽が沈む事は学習済みだ。

下手したら朝まで教団語りコースになりかねねぇから、早いうちに話しをぶった斬って本題に戻さねぇとこっちが保たない。

いい加減諦めろよ。

 

「それで、短期入団って何をしたらいいんだよ」

「そうですわね。まずは、私の統括する第26小隊の隊員と顔合わせですわね。その後、小隊訓練の見学をしながら隊員規則を覚えてもらいます」

「顔合わせからの訓練見学…って、訓練参加じゃなくて隊規の暗記かよ!?

 

顔合わせと訓練の見学は分かる。

新入りはまず先人に顔を覚えてもらいつつ部隊に馴染めるよう訓練の見学や参加をする事は、戦闘集団じゃ当たり前に行う事だ。

だが、訓練を見学しながら隊規の暗記なんぞをやったら、先人達をナメてかかってると思われる。

いや、むしろそれ以外にどう捉えられんだよ。

避難轟々になるのが目に見えて分かるだろ!?

 

「スタナさんの実力はよく知っていますわ。正直に言いますと、スタナさんの実力は技術・経験共にうちの隊員よりも遥かに上ですから、あまり訓練は必要無いかと」

「俺の事を知らねぇ他の隊員からしたら、相当ナメてるようにしか見えねぇだろ!!仮に実力云々がフェミリアの言う通りだとしてもだ。俺が入った状態での連携とか見なくて良いのかよ」

「スタナさんなら大丈夫ですわ♩」

「いろいろと大丈夫なわけねぇだろ!?

 

あ~、これだからフェミリアと教団関連で関わるのは嫌なんだよ…

毎度毎度、お得意の笑顔と並外れた都合の良いスルースキルでこっちを振り回すんだよなぁ…

これ以上食い下がっても話は進まねぇし、時間も押してるらしいから、俺はフェミリアと共に訓練場へと向かった。

移動中も相変わらず周りの教団員の視線やヒソヒソ話す声がするのが痛え。

この短期入団さっさと終わってくれ。

 

 

訓練場にはすでに多くの団員たちが集まっていたが、全員統一感はあるがバラッバラな作りの団服を着ていて、どれがフェミリアの部隊のヤツなのかさっぱり分からねぇ。

こんな状況で自分とこの隊員を見つけられるのかよ…

と思っていたら、フェミリアが訓練場に入ると集団の中から3人の隊員がこっちに駆けて来て、フェミリアの前に横一列で並んで敬礼をしだした。

ここって宗教団体だよな?

あ~でもほぼ独立した軍隊でもあるか。

堅苦しくて息が詰まりそうだ…

 

「…スタナさん、聞いておりますの?」

「うゎっ!あー、悪い…聞いて、ま、センでした」

 

ひとり物思いに耽っていて全くフェミリアの話を聞いてなかった…

うっかりいつもの調子で喋ったら隊員達の視線が急に鋭くなって威嚇されちまったよ。

なんだよ、敬語使えってか?

悪いが俺は孤児院育ちのいわゆるノラ魔道士だ。

敬語なんかカタコト敬語くらいしか使えねぇよ。

 

「スタナさん、慣れない空気で落ち着かないかも知れませんが、話には集中してくださいね。皆さんも、彼には私から無理に敬語を使わなくて良いと言っておりましたので、悪く思わないでくださいね」

「「「はっ!!」」」

 

フェミリアは俺の不注意を嗜めると、さっきの隊員たちの視線にも気付いていたのか俺へのフォローまでしっかり口にする。

細かい所まで気付いてフォロー出来るのはフェミリアの良い所だとは思うけど、隊員たちからしたら俺が贔屓されてるみたいでシャクに触っちまって士気が下がるだろ…

と思った俺の予想は外れて、隊員達はまるで気にしていないような態度で、3人同時に返事を返した。

ここまで統率が取れた部隊は、戦える者の寄せ集め集団、通称ギルドじゃまず無い。

率直にスゲェと思う反面、やっぱ俺も訓練に参加して少しでも部隊に合わせられるようにした方が良いと思うんだが。

本当に見学しつつ隊規読んでて良いのか?

 

「では、スタナさんはこの2人、剣士のタナトさんと槍使いのリルムさんの訓練を監督しながら隊員規則をしっかり覚えておいてくださいね。私は彼女の実戦魔法を指導して参りますわ」

「はぁ!?待て、俺は見学としか聞いてねぇぞ!?

「タナトさんとリルムさんも、頑張ってくださいね。それでは頼みましたよ」

 

フェミリアの考えってのはどうなってんだよ!!

いくら部隊のヤツらが俺と大して年が変わらない連中とはいえ、昨日まで一般の戦闘員だった新米に訓練の監督をしろだ!?

普通は逆だろ!

俺〈が〉コイツらに指導してもらうって方が筋だ。

いや、そもそも訓練場に入るまでは〈見学〉っつってただろ!

言うだけ言って魔道士の子連れて人混みに消えるな、まずお前が俺の話を聞け。

タナトとリルムとか呼ばれてた2人だって、いくら入隊前から実践経験がるとしても、新米に訓練を監督されるなんて嫌だろ…

とか思いつつタナトとリルムの方に目線を向けたら、アイツらはアイツらで平然と手合わせしてやがるし。

まぁ、下手にギクシャクしながら関わらされるよりは良いか。

多少事情がおかしくなってるけど、やる事は最初にフェミリアから言われた事と変わらねぇから、俺は近くの石段に座りながら〈アルメリス教団 隊員規則〉と書かれた書類に目を通す。

とりあえず昼まではこのままか。

と思った矢先だった。

 

「うわぁ!」

ーカキン!!

「あっ!危な~い!!

「は?…えっ、うえぇ~!?

 

金属が強くぶつかる音とこっちに向かって掛けられた声に顔を上げると、さっきまでタナトが持っていた剣が勢いよく俺に向かって飛んで来ていた。

とっさに身体を斜めに反らしながら右手で剣を受け止めたけど、なんで剣が飛ばされるなんて事になったんだよ。

たまたま剣が飛んだのが俺の方だったからまだマシだけど、あと数メートル上か横だったら屋内の廊下通ってたヤツに刺さっちまうだろ、危ねぇな。

 

「すみません。大丈夫ですか新人さん」

「あー、俺は平気だけど…」

 

俺が剣を受け止めると、剣を飛ばされたタナトが焦った様に謝りながら急ぎ足で俺の前までやって来た。

多分剣を吹っ飛ばした張本人のリルムは、明らかに面倒くさそうな態度でゆっくりこっちに歩いて来ている。

リルムも相手の武器をぶっ飛ばして人に当たりそうになったんだから、せめて急いでこっちに来いよ。

 

「はぁ…やっぱりタナト君は教団兵に向いてないんじゃないかな。今週だけで何度目だっけ?」

「うっ…2回目…」

「3回目だよ。まったく、フェミリア隊長もこんなヤツに慈悲なんてかけないでクビにすれば良いのに」

 

今週だけで3回もぶっ飛ばしてるのかよ…

見せ物の剣舞や実力差を見せ付けるために強者が相手の武器をぶっ飛ばす事はあるけど、それにしても多すぎだろ。

 

「そもそも、なんで剣が飛ぶんだよ。お前らそんなに実力差あんのか?」

「タナト君が弱すぎるんだよ。新入り君は僕と彼の実力差も分からないのかい?君の名前は度々フェミリア隊長から聞いたことがあったから期待していたのにガッカリだよ。やっぱりフェミリア隊長はお飾りのお嬢様のようだね」

 

リルムのヤツはやれやれといった感じで俺や周りを貶してるけど、今見た限りじゃ俺が相手したらリルムは手も足も出ねぇぞ。

確かにリルムはタナトより強いかも知れねぇけど、戦い方の相性でリルムが勝ちやすいだけだ。

タナトの剣が吹き飛ばされなければの話だけどよ。

それにしてもこいつ毒舌すぎんだろ。

今の俺の一言だけで、俺だけじゃなく隊長のフェミリアまでバカにしてんじゃねぇよ。

仮にもお前らの隊長だし、他人を振り回す傾向はあるが実力と信頼には足るうえにそこそこ指導力もある。

リルムこそフェミリアと手合わせした事ねぇのか?

フェミリア隊の前衛は問題児ばっかで頭が痛えけど、まずはタナトの剣の問題でも確かめるか。

 

「なぁタナト、今の剣じゃおまえには柄が太いし重過ぎるんじゃねぇか?」

「えっ、なんでそれを…」

 

俺に向かって飛んで来たタナトの剣は見た目以上に重いうえに柄も太く感じたから、俺より少し細身で手も小さそうなアイツには合ってないと思って率直にタナトに聞いてみたらビンゴだぜ。

フェミリアもかなり細身の剣レイピアくらいしか使わねぇから気づかなかったんだろうな。

タナトは俺に言い当てられて目を丸くしていたから、薄々自覚もあったんだな。

自覚があるならまだ良い、それを直す手を考えれば良いだけだ。

 

「やっぱりな。もう少し軽い武器に変えるか、素振りとかで手の筋肉を鍛えねぇと…」

「ザコがザコに指導したって何も変わらないだろう」

 

俺がタナトに提案してんのに、リルムが無駄に口を挟んで来やがる。

せっかくタナト自身も俺の話を聞いてんのに邪魔してくんなよ。

あと、誰がザコだ。

すげぇムカつくから、ちょっと喧嘩でも吹っかけてみるか。

 

「リルムは黙ってろよ。俺だって剣士の端くれだし、少なくともおまえよりは俺の方が知識も実力もあるぜ」

「君が僕より強いだって?ありえないね。僕はとても有名で優秀な師範から5年も槍術を学んでるんだ。今日から教団に入団した初心者に負けるわけなが無いだろう」

「じゃあ、手合わせでもしてみるか?その優秀な師範から学んだって言う槍術、みせてみろよ」

「望むところだよ」

 

よっしゃ、リルムは無駄に自己評価とプライドが高い性格だと思ったけど、ちょっと俺の方がデキるとアピールしたら面白いくらい上手く手合わせに持ち込めたぜ。

同じ部隊同士お互い合意して手合わせするんだから咎められねぇよな。

 

「タナト、悪ぃけどこの資料預かってくれ!あと、合図よろしくな」

「え?あ、分かった」

 

俺は持っていた資料と試合開始の合図をタナトに頼むと、さっきまで2人が手合わせをしていた辺りまで行って腰に付けていた長剣を抜いた。

リルムも俺から少し離れた位置で槍を構えて静止し、タナトの合図を待つ。

リルムの構え方は悪くはねぇけど、基本に忠実すぎるほど型そのままで身体も固まってるって感じだ。

多分、基本は完璧だけど応用や発展はまだまだってところか。

 

 

「では、いきます。レディ~、ファイト!!

「参る!てや~!!

「おっと」

 

リルムは威勢のいいタナトの合図とほぼ同時に俺の方へと駆け出し、槍のリーチを活かして大きく横に薙ぎ払いを仕掛けてきた。

俺は軽いバックステップで薙ぎ払いをかわしつつ、向こうの戦い方を探るためにあえて反撃をせずに次の行動を伺う。

すると初撃を回避されたリルムは、さらに俺に詰め寄りつつ薙ぎ払いを繰り返して来たため、俺も続けざまに避け回ってみた。

 

「ふん、デカい口を叩いておきながら逃げ回るので手一杯か、この臆病者め!」

「おっし、反撃して良いんだなぁ?」

 

リルムは、わざと避けるばかりで反撃して来ない俺を逃げるのがやっとだと勘違いしたのか、臆病者と罵ってきた。

まず、相手の避け方で余裕があるのか伺えてない時点で、相手を見る目が付いて無い事は明白だな。

加えて攻撃も無駄に大振りで隙も多い。

この程度の相手に全力で行くのも可哀想だと思った俺は、あえて次の攻撃を避けずに立ち止まった。

 

「隙ありだよ!」

「おまえがな」

ーガン

「なに!?

 

わざと立ち止まった俺の隙を突いたつもりになったリルムは、今までよりも更に大振りで薙いで来た。

俺は、大振りになった事で更に読み易くなった左からの横薙ぎに剣を打ち付け、そのまま槍の軌道を俺の頭上へと押し流してやる。

軌道を変えられて攻撃を外されたリルムは、信じられないとでも言うよな顔をした。

ざまぁ見ろ、そもそもただの新入りに隊長が「訓練の監督」なんて言い渡すハズがねぇってところから戦闘経験者だって事に気付けよ。

 

「どうした~、もう終わりか?」

「くっ…まだまだ!!

ーガン!ガン!ー

 

本人にとっては予想だにしなかった展開に攻撃の手を止めたリルムだったが、俺が軽く挑発すると頭に血が上った様に再び横薙ぎを繰り出して来た。

俺もそうだが、軽い挑発に乗って更に動きが単調になるのは良くねぇ。

動きが単調になるって事は、さらに隙が大きくなって相手につけ込まれるって事だ。

それでどうなるかを教える意味も込めて、俺はリルムの攻撃を全て剣で弾きながら詰め寄って更に焦りを誘った。

 

「くそっ…いったいどうなって…!」

「どうもこうもねぇよ。これが俺とおまえの実力差ってだけだ。これ以上やっても仕方ねぇから、この辺で終わらせてもらうぜ!」

 

俺はリルムが焦りに呑まれて横薙ぎしかして来ない事を確認すると、トドメの宣言をして一気にリルムとの距離を詰めた。

それだけで俺のやろうとしている事が分かったらしいリルムも俺から距離を取ろうとするが、それよりも先に槍の長い柄を掴んで抱え込み、引き倒すつもりで一気に横に降るった。

 

「うわっ!」

「これで終わりっとぉ」

 

いきなり槍を掴まれ思い切り振り回されたリルムはバランスを崩し、俺が槍を振った方へと倒れ込む。

こうなればもう俺の勝ちだが、一応反撃をされないために槍を握ったまま利き手に持っていた自分の剣をリルムの顔面近くに突き付けた。

ま、こんなもんだろ。

 

「…あっ。し、勝負あり!新入りさんの勝ちです!」

「そこはせめて名前で言ってくれよ!?俺の名前はスタナ、な!新入りでも間違いじゃねぇけどよ…」

 

目の前で繰り広げられた試合に見入っていたのか、少し間が空いてからタナトの試合終了を告げる声が上がった。

だが、その後勝敗を告げる時に俺の名前では無く〈新入り〉と告げたので、俺は食い込み気味にツッコミをいれて名乗った。

うっかり自己紹介はしてなかったけど、何度か名前出てたんだから名前で頼むぜ…

ほら、新入りが現役隊員倒したとか言うから、訓練場にいる奴らが何事かと思ってこっち凝視してんじゃんかよ…

集まってしまった視線には気にしないようにしつつ、俺は自分の剣を腰に付けた鞘に戻して、未だに尻餅をついているリルムに手を差し出した。

 

「大丈夫か?ほら、掴まれよ」

「ふん…君の手なんて借りなくとも、自分で立てる」

 

だがリルムは俺が出した手を振り払って起き上がり、服に付いた砂埃を落とした。

眉間にシワを寄せ、俺の方を一切見ようとしないあたり、相当怒らせちまったなぁ。

少しやりすぎたか…?

 

「おやおや。スタナさんの事ですから、途中で手合わせでも始められるとは思っていましたが、思ったよりも早かったですわね」

「あ、フェミリア隊長!」

「うわっ、フェミリア!?おまえ、いつからそこに…」

 

この後どうリルムに接すれば良いか考えていた時、急に背後から聞こえた声に驚いて振り返った。

そこにはさっき魔法の指導に行ったハズのフェミリアが、口元に軽く手を当てながら立っていた。

その後ろにはさっきフェミリアが連れて行ったもう1人の隊員が立っていたから、フェミリアの魔法指導も終わったのか。

いやそれにしても、おまえら気配無さすぎやしないか?

俺もそこまで周りの気配を気にしてなかったが、もしフェミリアが喋らなかったら振り返りざまにぶつかるくらい近いぞ、おい…

こいつら、異国の島国にのみ伝わるニンジツとかいう忍び法でもマスターしてんのか?

 

「この場所に戻ってきたのはついさっきですが、スタナさんとリルムさんの手合わせは彼女に指導をしながら拝見させて頂きましたわ」

「あ、隊長も見ていたんですね!」 

「えぇ、実に華麗な挑発でしたわ」

「わ、悪かったな」

 

フェミリアも遠目に俺たちの様子を見ていたようだ。

しかも、俺が手合わせ開始からずっとリルムを軽くあしらってた事に気づいていたらしい。

清々しいを通り越していっそ嫌味かと思わせるくらいの笑みを浮かべながらの発言には、言葉の裏に「うちの部下をいじめるな」という意訳が滲み出ている。

他のヤツらは知らないだろうが、フェミリアがこの表情で変な所を褒める時は必ず裏に文句が隠されている。

それに気付かず態度を改めないと、訓練や実戦中に「あら、手元が~」とか言って魔法を誤射したように見せかけて当てにくるんだよな…

なんでこんな鬼みたいなヤツにファンクラブとかが出来てんだよ?

それとも俺にだけやってんのか、それこそいじめか。

 

「それで、スタナさんから見て、彼らの実力はいかがでしたか?」

「どうもこうも、タナトはまず武器が自分に合ってねぇから測れねぇし、リルムも戦えない訳じゃねぇけど1つの技に固執してるうえに相手の力量を見定める目が付いてねぇから、何とも言えねぇかな」

「やはり、そうでしたか…」

 

続けて話を振って来たフェミリアに、まだ何か文句でもあるのかと身構えたが、今度は至って真面目な顔で冗談でも何でもなく言葉通りの事を聞きたいのだと理解した俺は、正直にタナトとリルムの実力を評価した。

評価っつっても、マジで想像以上に弱かったからロクな評価も出来ねぇんだけど。

それでもフェミリアはだいたい俺と同じ見解を持っていたらしく、珍しく頭を抱えてそうな顔で何かを思案しだした。

多分フェミリアもこの2人の問題点に気付いてはいたんだろうけど、自分の不得意とする分野で確信が持てなかったから俺の意見を聞いたんだろうな。

 

「はぁ…私もまだまだ力不足ですわね」

「ま、全くどうにもならないほどの問題じゃねぇと思うし、コイツら自身がもっと強くなるために努力するんだったらまだまだ伸びるんじゃねぇの?」

 

あのフェミリアが珍しく自信をなくしかけてるなと思った俺は、コイツらの伸び代についても少し口をはさんだ。

フェミリアには実力も相手を見る目もしっかりあると思うし、コイツらみたいなのは腕を磨く場所や機会があればすぐ伸びる。

そもそもフェミリアは後衛戦術が主で接近戦闘は不得意なのに大体俺と同じ見解だったんだから、あとはいつも通り思ったようにやればいいだろ。

 

「ふふ、相変わらずスタナさんはお優しいですわね」

「別に、思ったこと言っただけだろ」

「そうですわね」

 

俺の話を聞いたフェミリアは目を丸くして俺をガン見したかと思ったら、コロコロと笑いながら俺が優しいとか言い出しやがった。

小っ恥ずかしいからやめろ。

優しいんじゃなくて、おまえが落ち込んでるとこっちも調子狂うんだよ。

でもまぁ、すぐにいつもの調子に戻ったからいいか。

 

「そうとなれば、善は急げですわ!まずはタナトさんの剣ですわね。スタナさん、試しにスタナさんの剣をタナトさんにお貸し頂いてもよろしいですか?」

「まぁ、タナトのよりは軽いし柄も細いからな。少し使ってみるか?」

「分かりました!少々お借りします」

「リルムさんとメルさんは、またすぐ動けるように準備をしてください」

「「はい」」

 

あの魔道士の子、メルって名前だったのか。

それはさて置き、とりあえずフェミリアの提案で俺の剣をタナトに貸すことになったから、俺は鞘ごとタナトに自分の剣を渡した。

それにしてもリルムとメルにも声をかけたって事は、俺の剣を持ったタナトと手合わせでもさせるつもりか?

 

「では、今から対象捕獲訓練を開始しますわ!これから昼の鐘が鳴るまで、スタナさんには反撃ありで訓練場内を逃げ回ってもらいますので、皆さんは全力でスタナさんを捕獲してください」

「待て!!俺の剣はタナトが…!」

「ですから、スタナさんはタナトさんの剣を使って逃げてください。それでは、訓練開始ですわ!」

「フェミリアてめぇ、いつか仕返しすっからな!?

 

フェミリアのヤツ、あの3人で手合わせになるのかと思ったら、俺から愛刀取り上げて逃走犯かなんかに見立てて捕獲訓練に使うとか、仮にも聖職者がやる事かよ!?

やっぱアイツは天使の皮を被った悪魔だ!

励ますんじゃなかったぜ、チクショウ!!

けっきょくあの後3人の猛追をなんとか回避して、一度も捕まる事なく昼まで逃げ延びた。

その間フェミリアはずっとにこやかに笑って、高みの見物とばかりに遠くから声援と言う名の嫌味を飛ばして来やがった。

アイツ絶対に俺に嫌がらせしてるだけだろ!?

 

 

あれから1時間ほど昼休憩を挟んで、今度は教団の依頼斡旋所に行くようフェミリアに言われた俺は教団関係者用の通路を使って斡旋部の裏側に来ていた。

フェミリアは自分の仕事があるとかで俺1人で来たけど、こんなんで事務方の方にちゃんと引き継げるのか?

そもそも「行けば分かる」とだけ言って担当の名前も聞いてねぇけど、本当に大丈夫なんだろうな…

考えれば考えるほど不安になって、うっかり事務室の前で立ち往生していたら、俺の背後からか細い声の女の子に声を掛けられた。

 

「あ、あの…斡旋部に、何か御用ですか…?」

「あ~…教団の内部研修とかで、午後いっぱい斡旋部の世話に…って、もしかしてイルか⁉︎

「あっ!兵団の研修員さんって、スタナさんの事だったんですか…!?

 

誰かと思ったら、俺に声を掛けて来たのは同じ孤児院でいっしょに育った幼馴染のイルだった。

俺はいつもと服装が全く違うし、俺もイルがここに居るとは知らなかったから互いに気付かなかったぜ。

そういえば一昨年辺りから教団に就職したとは聞いてたけど、ここの部署にいたんだな。

斡旋部の窓口にはちょくちょく行くけど、全く姿を見なかったから奥で裏方の仕事でもしてたのか。

何にせよ、これから世話になる部署に知り合いがいるのは助かるな。

 

「知り合いがいると気が楽で助かるぜ!悪いけど、担当の人に取り次いでもらえねぇか?」

「あの…一応、私が担当です。フェミさんから言付かってます」

「イルがか!?

 

イルに担当へ取り次いでもらおうと頼んだら、どうやらその担当がイルだったらしい。

なるほど、確かに顔見知りが担当なら「行けばわかる」わな。

 

「そうか。新人の監督が出来るくらいには仕事に慣れてきたって認められてるんだな!」

「そ、そんな事ないです!最近やっと低ランクの窓口を任せてもらえるくらいで…」

「窓口を任せられるって事は、上にもちゃんと評価されてるんだろ。それじゃ、今日は頼むぜ」

「はい!よろしくお願いします。では、中にどうぞ」

 

孤児院にいた時はフレスといっしょに実際の兄妹みたいに接していたから緊張するんだろうけど、これじゃあどっちが先輩か分からねぇな。

まぁ、悪い緊張の仕方はしてないみたいだし、イルは気弱そうに見えるけど実はしっかり者で人にモノを教えるのはすごく上手いから大丈夫だろ。

正直、同じ事を教わるならフェミリアよりイルの方が優しいし上手いよな。

必要な事を確認した俺たちは、会話もそこそこに斡旋部の仕事を始めるべく事務室の中へと入って行った。

 

 

事務室の中では白を基調とした制服の人たちが様々な資料を片手に忙しなく動き回っていた。

中には白黒半々くらいの制服を着た人もいるけど、あれは管理職かなんかの人か?

イルもこの中に混ざって仕事をしてるとか、正直にすごいと思う。

俺は大雑把で細かい計算や資料作りは苦手だし話し方も乱暴な方だと自覚してるから、こういう所ではトラブルばっかり起こしちまいそうでどうもダメだ。

せめてイルにだけは迷惑かけないようにしないとな…

 

「えっと…まずは、依頼を受けた方に渡す資料作り…です。各資料を1枚ずつ重ねて、左上を止めて完成です…」

「良かった、束ねるだけなら俺でもできそうだな」

 

どうやら俺の初事務仕事はカンタンな資料作りらしい。

イルの説明を受けて、俺もイルが見せてくれた通りに同じ作業を真似て紙を取り、キレイに重ねて止め具で止めていく。

確かにこれはカンタンだ。

俺でもちゃんとできる。

けど、やっぱイルの方がやり慣れてるから速ぇな。

俺が1冊作る間に3冊は作ってるよな、あのペースは。

それだけイルもここの仕事を上手くこなせるようになったって事か。

 

「そういえば…スタナさんの団服、長袖なんですね」

「あぁ、これな。出来れば半袖が良いんだけど、仮入団だから直して貰うのも悪いかと思って放っておいてんだよ。ビックリするくらい似合わねぇだろ」

「そ、そんな事ないです!その…兵団の隊服も、カッコいいと思います」

 

あまりにも単調な作業で余裕もあるからか、それとも久々に会うからなのかは分からねぇけど、何か話のきっかけにって感じでイルが俺の団服について話を振ってきた。

普段ほぼ半袖しか着ない俺が長袖なんて着てると、俺を知ってるイルから見たら違和感しかないよな。

自分でもあまりに似合わなすぎると笑ったら、イルはこの服も似合うと顔を真っ赤にしてしどろもどろになりながら答えた。

いや、イルも本当は似合わないと思ってるんだろ?

だから目線も合わせられないんだよな?

おまえが優しいのは良く知ってるし悪く思わねぇから、いっそ似合わないって笑ってくれよ。

フレスだったら笑ってくるか、いっそ頭でも打ったかと心配してくるだろうしさ。

けっきょくこの後は会話も続かず互いに黙々と作業をこなしていたが、白黒の制服を着た年上そうな男がイルに話しかけてきた。

 

「なぁイルちゃん、悪いんだけどしばらく中級の窓口をやってくれないかな?ちょっと外せない用事が入っちゃってさぁ」

「えっ…でも、中級クラスの窓口は中級任務の監督官か、戦闘経験が無いと担当してはならないと…」

「大丈夫大丈夫。実力を示す認定カードさえしっかり確認すれば低級窓口と変わらないから、なんの問題も起きないよ。それに、研修員の彼はフェミリア魔法補佐官のお墨付き魔道士らしいし、2人でなら大丈夫だって」

 

白黒制服の男は、どうやら自分の仕事をイルに代わってほしいらしいが、イルの反応を見る限りだと本来ならイルは担当出来ない仕事を押し付けられそうになってるみたいだ。

いくら俺にそこそこ実戦経験があってフェミリアによく仕事を頼まれてるっていっても、今の俺は研修員だ。

これはしっかり断らねぇと、万が一何かあったらイルに1番シワ寄せが来ちまう。

 

「あの、俺は研修員なんで責任なんて取れねぇし、イル…じゃなくて、先輩が本来担当出来ない仕事なら、俺たちじゃ出来ねぇと思います」

「大丈夫だって。万が一依頼を受けた人が死んでも、カードさえ間違いなく確認してれば俺たち事務方がお上から処罰される事は無いからさ。それじゃ、頼んだよ~」

「はぁ!?

「ま、待ってください…!!

 

この仕事は俺たちじゃ責任なんて取れない。

俺自身もそう言って断ろうとしたが、あろう事か白黒制服のヤツは依頼を受けた人が死んでもこの部署にはお咎めが来ないからって仕事を押し付けて、鼻歌交じりでサッサと何処かへ行っちまっいやがった。

確かに依頼をやると決めた戦士や魔道士が現地で死んだなんて事は往々にしてある事だし、実力証明書さえ間違いがなければ依頼を受けたヤツの自己責任だと片付けられる。

それは分かってるが、それが窓口側の決まりを破って良い理由にはならねぇし、それをイルみたいな優しすぎるヤツにやらせるなんてとんでもねぇ!

そもそも、命をそんな軽く見てる事が信じられねぇ。

これで万が一俺たちが受理したヤツが死んだりしたら、最悪イルは自分を責めて生きるのも辛いとかって思い詰めちまうだろ!

あの口振りからイルより偉いヤツなんだろうけど、あんなのが居て良いのかよ!?

 

「なんなんだよ、あのクソ野郎!」

「うぅ~…ど、どうしよう…」

「誰か、他に中級の窓口できる人は…」

「い、今は…あの方だけ、です…普段は2人以上は居ますが、所長は会議に行ってて…副署長は、食事休憩で外に…」

 

ありえねぇ…

アルメリス教団っていったら、1番福利厚生が良くて現場もしっかりしてるって噂の人気で信頼できる組織なんじゃないのか!?

所長の会議は仕方ねぇし、副所長がメシで外に出てるのも仕方ねぇ。

けど、管理職2人が居ないなら鼻歌歌ってられる程度の用事で抜けるんじゃねぇよあの人でなしが!

せめて副所長が戻ってから行けよ!

イルはすでにパニックになり掛かってるし、なんとか周りに助けを求められねぇかと見回してもみんな俺たちと目が合いそうになると顔を背けて拒否の姿勢を取りやがる…

人間性が最低な職場だな…!

 

「あうっ…私…私…!」

「落ち着けイル。副所長ってのは、あとどれくらいで戻るんだ?」

「えっと…いつもと同じ…なら、あと30分くらい…です」

「なら、副所長ってのが戻るまで窓口をやろう。幸い30分ならそんな長くねぇし、今の時間は依頼を見に来る人も少ねぇはずだ。どうだ?」

「わ、分かりました…がんばり、ます…」

 

こうなったら仕方ねぇ…

俺は涙目でどうしたらいいかと訴えてくるイルを宥めて受付をする事をイルに提案し、イルもかなり声が震えてはいたが俺の提案に乗ると決めてくれた。

責任なんて取れねぇから、万が一人が来たらウザいくらいに注意換気してから受領しよう。

もちろん、副所長ってのが戻ったら事情を話してすぐに変わってもらう。

頼むから誰も受付に来ないでくれ…

内心でそう祈ったが、その願いはすぐに打ち砕かれた。

 

「あぁ、やっと来たかい!窓口を開けておきながらずっと不在なんてひどいじゃないか」

「あっ…も、申し訳ございません…!」

 

どうやらさっきのクソ職員が席を外して直ぐに窓口に人が来ていたのか、俺たちが窓口での仕事を確認する間もなく対応する事になっちまった。

こんな時でもイルは自分たち事務側の不手際だとすぐに謝罪し、速やかに窓口に着いた。

俺だったら謝る事はできても語気が荒くなったり態度に出ちまう自信があるから、ホントすごいなと思いながら、俺も軽く頭を下げながらイルが座った椅子の斜め後ろ辺りに立つ。

 

「大変失礼いたしました…」

「まったくだよ!まぁ良い、このパシエス諸島の合同討伐を受けてあげようと思ってね」

「えっ…!?パシエス諸島の…ですか?」

「そうだよ、何度も言わせないでくれるかな」

 

窓口にいたやたら豪華な装備の魔道士っぽい男は、ずいぶんと偉そうな態度でヤバそうな依頼を持って来やがった。

パシエス諸島の討伐任務っていったら、ちょっと前に大怪我をしたヤツが出たっていう依頼だ。

俺もひと月くらい前に受けたことがあるが、その時も熟練の戦士や魔道士がいたにも関わらず怪我人が出て苦戦を強いられた事を鮮明に覚えてる。

イルも事務員としてそういった話を聞いてたのか、目を見開いて男に確認したが、男はこれまたデカい態度で肯定してきた。

コイツ、大丈夫か…?

 

「イル、ちょっと俺と代わってくれ。えっと、この依頼は最近怪我人が出たり、途中撤退もよく起きている案件なんで、まず魔道士の認定証か実働記録カードを見せて…」

「黒服の君は、この格好で分からないかなぁ?まぁ、お役所の決まりだから仕方ないのかな。ほら、存分に見るが良いよ」

 

コイツの態度、リルムよりムカつくぞ。

俺が兵団所属を表す黒を基調とした隊服を着ていることに目敏く気付いた男は、自分の見た目で実力を察しろとか言うけど、逆にその態度でそんな無駄に豪華な装備だから不安なんだよ。

 

「…一応、募集要項にはギリ達してるんだな…」

「でも、この方…3日前に技量ランクが上がったばっかりです…」

「…あの性格といい、経歴といい…頭が痛ぇ」

「どうだい、僕の輝かしい経歴に声も出ないだろう!」

 

案の定、提出された魔道士免許を見る限りではギリギリこの依頼を受ける事が出来る程度だし、イルが更に詳しい経歴を検索したらこの依頼より下のレベルの仕事しかやった事がないと出た。

ぶっちゃけると俺の経歴の方が良いし、その俺がヤバいって思うんだから諦めてほしいところだ。

しかもこの男、あまりのヤバさに小声で対応を話し合ってる俺たちを、自分の経歴に驚いていると勘違いしてやがるから尚の事厄介だ。

こうなったらこの依頼の危険さをしっかり伝えて諦めてもらえる事を祈るしかないか…

 

「認定証の提示、ありがとうございます。要項には合ってるみたいだけど、さっきも言った通り、この依頼は書いてあるより危険な事態が起こる事が多いんで…」

「僕が居れば、多少のトラブルなんてどうって事ないよ」

「あの…先日、この依頼を受けて病院に運ばれた方が…その…亡くなられてしまったと…」

「なんだって!?

「それはその人物がドジでも踏んだからだろう?僕はそんなヘマはしないさ!そんな事より、早く手続きを終わらせてくれないかな」

 

なんとかこの男に思い留まってもらおうと俺が再度危険な依頼である事を告げようとしたが、男は相変わらず変な自信を持って頑なに引き下がろうとしねぇ。

それを見ていたイルが、恐る恐る死者も出たなんてとんでも無い事を男に伝えても、男はまったく聞く耳を持たねぇ。

それにしても、この依頼が書いてある内容より危険な事は知ってたけど、死人まで出たのか!?

普通は死人なんかが出ちまったら募集の延期や難易度が上がって、より強い者だけが集められるはずだ。

それが、俺が受けた当時と変わらない内容で募集されてるなんて、どうなってんだ!?

そんな事情を知ってか知らずか、男は飄々とした態度で早く手続きをしろと催促して来た。

ここまで相手が引き下がらない以上、俺たちも諦めて手続きをするしかない。

 

「…そこまで言うんなら、手続きに移ろう」

「そんなっ…スタナさん!」

「ここまで言っても引き退らないんだ。募集条件は満たしてるし、これ以上引き止める事もできないだろ」

「やっと受理してくれる気になったかい!かなりムダな手間は掛かってしまったが、君たちが戦地に向かう我々のことを案じての行為だったのだろうから、今回は特別に許してあげるよ」

 

なにが許してあげるだ。

死人が出てるんだからおまえが引き退がれよ!

俺としてはこんなヤツどうとでもなれって感じだが、イルが悲しまない為にも生き残れよな。

内心で苛立ちを覚えつつも、けっきょく俺たちはコイツの手続きを完了させた。

 

「お、お待たせ致しました…手続きは、これにて終了となります」

「はぁ、やっと終わったんだね。手間は取られたが、君のような優しくて可憐な子は嫌いじゃないよ」

「えぇっと…集合時間は明日の13時で、場所は教団本部第5会議室になります」

「あぁ、どうもありがとうお嬢さん。では、僕は失礼させてもらうよ」

 

アイツ、最後イルに色目使うとかどんだけ自信過剰なんだよ!?

あのイルが明らかに自分に向けられた言葉をスルーするとか、なかなか無ぇぞ。

いや、むしろ初めてじゃないか?

イルにも相手にされないとか相当ヤバいぞ。

しかもアイツ、イルに相手されてない事にも気付かずに多分颯爽と立ち去ったつもりなんだろうけど、周りにも相当浮いた行動に見られたのか、ここに居合わせた他の戦士や魔道士たちに怪しまれてんぞ。

死なれるのは後味が悪いが、パシエスの魔物にボッコボコにされて帰って来ねぇかな…

 

「はうぅ~…き、緊張しました…」

「緊張したっていうより、ドッと疲れたな…」

 

嵐の後の静けさって、こういうことを指すのか?

アイツの後には誰も並んでいなかったらしく、アイツが去った後はおどろく程にこの場が静まり返った気がする。

普段は俺もアイツと同じく依頼を受ける側だが、窓口ってこんなに大変なのかよ…

低級の窓口とはいえ、こんな業務を任されるとか。

イルもすげぇ所あったんだな…

 

「君たち、どうしてこの窓口をやっているのかね?」

「うわっ!?ビックリした…」

「あっ…!ケ、ケイス所長!」

「所長!?

 

嵐が去った事で気が抜けていた俺たちは、背後から掛けられた声に肩を跳ね上げながら驚いて声のした方へ顔を向ける。

背後には白黒の隊服を着た体格の良い大柄な男が立っていて、その男を見たイルは顔を真っ青にしながら〈所長〉と口にした。

まて、所長に今の状況を見られたって事は、ヤバくねぇか…?

 

「君たち、ちょっとこっちに来なさい」

 

あ、やっぱそうなるよな…

いくら押し付けられたとはいえ、本来俺たちがやってはいけない業務を勝手にやったことに変わりはねぇから、きっとこっ酷く叱られるんだよな…

所長の呼び出しをくらった俺たちは、大人しく所長の後に付いて行った。

 

「入りなさい」

「はい…」

「し、失礼します…」

 

所長は俺たちを〈所長室〉と書かれた部屋に入るよう指示をして、俺たちが入った事を確認すると所長も中に入って俺たちが逃げ出さないように扉の鍵までかけた。

俺と並んで立っているイルは本当に泣き出す寸前といった顔で、すでに目元に涙が溢れかけている。

これは、相当ヤバいな…

 

「そんなところに立っていないで、こっちに来て座りなさい。話はそれからだ」

「えっと、あの…勝手に窓口に立って、すいませんでした!!

「ほ、本当に…申し訳ございません!お叱りならいくらでも受けますから、スタナさんは…」

「いや、イルは悪くねぇって!窓口対応をしようって言い出したのは俺なんだ!だから、イルは…!」

「2人とも落ち着きなさい」

 

これは相当怒られると思った俺たちは、所長が本題を切り出す前に自分たちから謝り深々と頭を下げた。

そして俺はイルを、イルは俺を庇うように責任は自分にあると言って次々と言葉を続けようとしたが、その言葉は所長の一言で止められてしまった。

 

「君たち、なにか勘違いしていないかな。私は君たちを叱るためにこの部屋へ連れて来た訳ではないよ」

「へ?じゃあ、なんで…」

「むしろ、君たちの技量や役職に見合わない仕事を押し付けた者は誰なのかを聞きたいんだ。イルは極度の心配性だし、スタナ君も理由の無い無茶な行動はしないだろう」

 

俺たちは、てっきり勝手に窓口に立った事をひどく咎められると思っていたが、むしろ所長は俺たちの性格から状況を汲み取って、誰に指示を出されたのかを知りたかったらしい。

確かにそれなら、他の職員に邪魔されないように鍵まで閉めた事も納得がいく。

なんだ、すっげぇ良い上司だな。

イルの性格もしっかり分かってくれてるみたいだし、俺の事も…って、待てよ。

なんでこの人俺の事も知ってんだ!?

あの口振りだと、他人から聞いた感じでもねぇぞ!?

 

「あの、イルの事はともかく、なんで俺の性格まで知ってるんだ?所長とは会った事もないのに…」

「おや?先月パシエス諸島の任務で一緒にいたんだが、覚えていなかったか」

「なっ、あの時いたのか!?

「なんなら、君の登録をしたのも私だったんだがね。まぁ、あの時は妹さんの事で頭がいっぱいって様子だったから、私の顔など覚えてる余裕もなかったかな」

 

…あ、言われてみればあの時こんなおっさん居たな。

確かにあの時はフレスがタチの悪い流行り風邪にかかっちまって、薬を買うために俺も少し無理をしてあの依頼をやる事にしたし、受付でも危険ではないかと止められて妹の話もしたけど、その相手がこのおっさん、もとい所長だったのか。

それにしてもこのおっさん、よくひと月前にちょっと関わったくらいで俺のことが分かったな。

イルでも顔を合わせるまで気付かなかったのに、どんだけ記憶力良いんだ。

 

「まぁいい。慣れないうえに面倒な人物に当たって疲れただろう。先日差し入れとして頂いたお菓子があるから、それでも食べながら話を聞かせて貰おう」

「あ、私…お茶を用意します…!」

「イル、俺もなんか手伝う。ってか、俺まだほとんど事務っぽい事してねぇし、お茶汲みも仕事の一環なんだよな?教えてくれよ」

「あ…そうです。お茶汲みも、新人事務員の仕事です」

 

所長は俺が前に所長と会ってたのに憶えてなかった事も全く気にしてないって感じで笑うと、差し入れらしいやたら豪華そうな菓子を取り出して「休憩だ」とでも言うように俺たちの前に置いた。

するとイルはすぐにお茶の用意を始め出したから、俺もイルを手伝いながらお茶汲みを習った。

俺がイルからカップの置き方やら注ぎ方やらを聞いて所長にお茶を出したら、やたら所長が俺たちをニヤついた顔で見てきたんだが、あれってなんなんだ?

イルに教わった通りに出したんだから、手際の悪さ以外はだいたい出来てただろ。

所長の意味深な笑い顔は何だったのかは聞けなかったが、その後は俺たちに仕事を押し付けて来た先輩の事をチクったり、俺たちの受付での対応を褒められたりしてから、今度は所長に付いて事務処理なんかを業務終了のチャイムが鳴るまでやらされた。

実はもっと他の事を俺たちにさせる予定だったらしいが、それは全部俺たちに受付を押し付けた先輩が居残りをしてまでやらされたらしい。

あのクソ野郎、仕事増やされてやんの、ザマァ見ろ!

なにはともあれ、特に目立った問題も起こさず終了時間まで働いた俺は、所長とイルに世話になったお礼を言って斡旋部をあとにした。

たしか、こっちの仕事がおわったらフェミリアのところに戻って報告と明日の連絡事項を確認するんだったな。

多分この時間だと礼拝堂の方にいるだろうとアタリを付け、俺は教団本部の隣にある礼拝堂へと足を運んだ。

 

 

礼拝堂の中を覗き込むと、中は溢れんばかりの人集りになっていて、皆一様に同じポーズを取って祈りを捧げているところだった。

このグリンフィールという街は、住人の8割はアルメリス教の信者といっても過言じゃないくらいアルメリス教を崇拝する都市だから、朝と夕方は住人のほとんどがここに集まって双子の女神に祈りを捧げる。

敬虔なアルメリス教の信者であるフェミリアも、よほどの事が無い限りは絶対に祈りを捧げにここへやってきているハズだ。

あ、やっぱり居たな。

しかもしっかり祭壇の真ん前を陣取ってやがる。

あいつ、何気にいつも祭壇の真ん前で祈りを捧げてるけど、どうやって場所取りしてんだ?

まぁ、アルメリス教の信者じゃない俺には関係無いことだし、しばらく入り口近くの花壇兼休憩スペースで待つとするか。

あ~、いい感じの気候で眠くなってきた…

 

「スタナさん、このような場所で寝ては風邪をひいてしまいますわよ」

「うわっ!あぁ、フェミリアか。悪りぃ、ついうっかり…」

「お気になさらず。私も、そちらの業務が終わったら私の執務室かスタナさんに当てがった寮室で休んでいただくよう伝え忘れてしまいましたので」

「いや、それにしても軽率すぎた…あ~、ここだと外部の人間が多いし、おまえの執務室に行こう」

 

いい感じに暖かくて心地良い風に当たってるうちにうっかり寝ていた俺は、礼拝を済ませたフェミリアに起こされて現実に意識を戻した。

こんな場所で、しかも今は教団の団服を着た状態で寝ていたから「風紀が乱れる」とか言われるかと思って謝ったが、フェミリアも集合場所を決めていなかったと言って大目に見てくれたみたいだ。

けど、そんな事情を知らない周りの信者は「教団に世界の平和を守ると誓った兵団の人間が何を怠けているんだ」と言わんばかりに俺を睨みながら通り過ぎて行くから、表向きは上司のフェミリアに頭を下げたように見せて、そそくさとフェミリアの執務室に向かった。

実はこういう堅苦しくて肩身が狭い環境が嫌だから教団に入団したくねぇんだけど、それはフェミリアには関係無いからあんま言えねぇんだよな…

 

「今日は1日お疲れ様でした。斡旋部での仕事はいかがでしたか?」

「あぁ、イルが居たから良かったけど、トラブルだらけで参ったぜ…あそこに知り合いがいなかったら、危うく短気なところが出て問題起こしちまってた…」

「そうですか…やはり、イルになにか起こったのですね…」

 

俺たちはフェミリアの執務室に向かう道中だったが、人気が少なくなったところでフェミリアが斡旋部での事を聞いてきたから、思ったとおりのことを伝えた。

するとフェミリアは、まるで予期していたような反応を示して考え込むような仕草でボソボソと独り言を呟きだした。

「やはり」ってことは、前々からイルに何かあったのか?

 

「なぁフェミリア、イルに何かあったのか?」

「事は急を要するかも知れませんわね…急ぎ、私の執務室に向かいます。スタナさん、離れないでいてくださいね」

 

妹分のイルに何があったのか気になって詳しい話を聞こうとフェミリアに話しかけた。

だが、フェミリアにしては珍しく半分も聞いていなかったのか、執務室に急ぐと一方的に言い出し、フェミリアが愛用している魔法用の聖書を取り出して、あっと言う間に俺ごと光の魔法で執務室まで転移した。

俺たちがフェミリアの執務室の中に転移すると、フェミリアは急いで扉に鍵を掛けたり窓のカーテンをしっかり閉じたりして、まるで誰も寄せ付けないといった風に外と繋がる場所を施錠しだした。

ここまでやらなきゃならないような事って、一体何なんだよ。

イルのヤツ、そんなに大きなトラブルに巻き込まれてたのか?

最近はイル自身には会っていなかったけど、定期的にやり取りしてる手紙にはそんな事何も書いてなかったじゃねぇかよ。

 

「…これで、誰もここには入れませんわね…」

「おいフェミリア、一体なにが起こってんだよ!イルのヤツ、そんなに大変な事に巻き込まれてんのか!?

 

俺はやっと施錠を終えたフェミリアに事の詳細を説明してもらおうと声を張って問い詰めた。

するとフェミリアも、いつになく真剣な顔つきでゆっくりと話し出した。

 

「実は、1年ほど前から女性の教団員が辞職するケースが多発しておりまして、特に依頼斡旋部の女性が多く辞職しているのです…実際イルが教団に来た後にも多くの女性団員が入りましたが、斡旋部に行った者は全員辞めてしまっているのです」

「はぁ?なんでだよ」

「その詳細を知りたいからこそ、研修と称してスタナさんに斡旋部へ行ってもらったのですわ!」

 

どうやら俺が思ってる以上に事は重大らしく、フェミリアも相当根回しをしていたみたいだ。

それにしても、なんで女性ばっかり辞めてってるんだ?

辞めてるヤツのほとんどが斡旋部って事は、元凶も斡旋部にいるか斡旋部によく足を運ぶ人物になるってのに、ここまでフェミリアが情報を掴めてないってのもおかしいだろ。

フェミリアの家系は昔から教団と繋がりが深いらしいから教団内じゃ下手な官僚よりも権力がるってのに、それでも掴めないヤツってことか。

 

「辞めていった女性団員に話を聞いても皆一様に面会を断られ、イルも詳しい事は話してくださいません。それでもイルと同室で生活している団員から、イルが日に日に何か思い詰めて行っているとの事なので、これは由々しき事態であると思い調査をしているのですわ」

「そうなると、俺が怪しいと思うのは2人だな」

「まぁ、もう心当たりが?」

 

なるほど、そりゃ教団内じゃ一大事だし、イルもそれに巻き込まれてる可能性はデカい。

一通り話を聞いた俺が心当たりのある人物がいると口にすると、物凄い勢いでフェミリアがその言葉に食い付いた。

この反応から察するに、フェミリアも相当手を焼いてたんだな。

 

「1人は、ケイス所ちょ…」

「それはあり得ませんわ」

「否定すんの早すぎねぇか!?

「ケイス所長は、私とイルに交流があると聞いて自らイルの事を私に相談してくださいましたのよ!現にこの事を知ったケイス所長が極力イルに付いて下さってから、一時的にですがイルが元気を取り戻したと僚友の子も仰ってましたのよ」

 

俺が心当たりのある人物の1人目としてケイス所長の名前を出すと、俺が所長と言い切る前にフェミリアに否定されちまった。

ついノリでツッコミを入たが、所長の行動はイルを近くに置いて見守ってる感じにも読み取れるし、フェミリアの下調べで白と出てるなら元凶じゃねぇんだろうな。

そうなると、俺の心当たりはアイツしかいない。

 

「ケイス所長が白だってんなら、今日窓口業務を押し付けてきた白黒野郎が怪しいな…」

「白黒やろう…とは、白黒の団服を着た職員と言うことですか?」

「あぁ。イルはまだ中級の窓口はやらされねぇはずなのに、俺とイルに窓口業務を押し付けて来やがったんだ。名前は分からねぇけど、今日は所長と副所長以外の白黒制服はアイツだけだったから、そっから割り出せねぇか?」

「まだ一度も監督官の業務をやった事が無いイルに中級の窓口を無理矢理やらせたのであれば、それ自体がすでに規約違反ですわ!まだ経験が浅くなかなか業務を断れない者に不相応な仕事を押し付けるなど、言語道断!!直ぐにでも改善を計らねば」

 

俺が次の心当たりである白黒野郎の話をすると、フェミリアは女性教団員退職事件の原因もソイツではないかとアタリを付け、机の鍵付き収納を開いて大量の資料らしき紙束を取り出し始めた。

今出した紙束だけでも世界一分厚い本を軽く超えるくらいあんだけど、どんだけ調べてたんだ?

これ以上は俺じゃどうしようもないが、フェミリアの張ったバリケードを勝手に開けて出る訳にもいかないうえに明日の予定を全く聞けてないから、フェミリアの執務室にある1番横長のソファに寝転んで仮眠でも取るか…

けっきょくフェミリアの作業が終わったのは消灯15分前を告げる鐘が鳴った頃だった。

明日は昼から大陸外への長期遠征があるから午前中は各々その支度をし、13時前には教団の第5会議室に集合するようにとだけフェミリアに言われた俺は、その後自分に充てがわれた寮室で眠る事となった。

それにしても、13時に第5会議室ってどっかで聞いたような…?

まっ、きっと前にやった依頼とたまたま同じ時間に同じ場所へ集合することになっただけか。

 

 

一夜明けて、遠征の準備を終えた俺は荷物を入れた小さめの布鞄を腰に下げて、集合場所である第5会議室に来た。

30分も早く来ていれば大丈夫だろうと思ってたけど、いざ会議室の中を覗くと俺以外の部隊のヤツらは全員集合していていた。

いったいどんだけ前から集まってたんだよ…

 

「スタナ、遅いよ~」

「いや、お前らこそ早すぎねぇか?13時集合だろ?」

「隊員は、40分前集合が原則…スタナ、10分の遅刻」

 

俺を真っ先に見つけたタナトに遅いと詰め寄られた俺は逆にお前らが早すぎだと反論したが、いつの間にか俺の真横に来ていたメルに原則40分前行動だと機械的な喋り方で指摘されてぐうの音も出なかった。

そういや、昨日渡された隊員規則を全く読んでなかったな…

それにしても、メルは気配が無さすぎやしないか?

 

「まあまあ。スタナさんも時間ギリギリでは無いですし、斡旋部の監督官の方もまだ来ておりませんので、そのくらいにしておきましょう。それより、これから遠征の目的と予定を再確認しますわよ」

「「「はい」」」

 

フェミリアの制止のおかげでこれ以上の追求は止まって、俺たちはこれから向かう遠征任務の確認に入った。

フェミリアの話を要約すると、目的地はパシエス諸島で、サハギンの定期討伐任務らしい。

今日は目的地への移動と軽い現地の偵察を行って、本格的な討伐は明日の朝から執り行うそうだ。

…この任務って、まさか…!

 

「やぁ~諸君!このアルドニールが来たからにはもう安心さ。大船に乗ったつもりで行こうではないか!」

「げっ…!」

 

今聞いた任務の内容と集合時間、そして今しがたやって来たやたらアホ偉そうな喋り方をする男アルドニールが来たことで、この任務は昨日俺たちが受理した例の依頼だとやっと理解し、俺は絶句した。

フェミリアの部隊の連中は、実力こそ俺には追いつかないが連携はしっかりしているからまだ良い。

だが、アルドニールはどう見ても連携を取ってくれるような性格じゃ無さそうだし、パシエス諸島の魔物の動きも活発で本当に何が起こるか分からない。

くっそ、こんなんだったらあの時ウソついてでも受理するんじゃ無かった!

俺はあまりの事態に額に手を当てて俯むいていると、不意にタナトとリルムに腕を引っ張られて会議室の隅に連れて来られた。

 

「ねぇスタナ、あの人知り合い?な~んか信用出来ないような性格だけど…」

「スタナ君、君から見て彼の実力はどうなんだい?」

「あ~、ちょっとややこしいんだけどよぉ…」

 

タナトとリルムは昨日の訓練で俺の実力を認めてくれたようで、どうやら今の俺の反応からヤバいヤツが外部から雇われたのか聞くために俺を引っ張ってきたらしい。

ここで隠しても仕方ねぇし、注意喚起の意味も込めて俺は昨日の出来事を2人に話した。

 

「えぇ~…斡旋部の連中、酷すぎない…!?

「つまり、スタナ君から見てもあの男は信用も使えるかも怪しいってわけだね…本当に厄介そうな奴が来てしまったものだよ…どうしたものかな…」

 

俺の話を聞いたタナトとリルムは、2人とも険しい顔をして斡旋部への愚痴をこぼしたり対策を必死に考えだした。

 

「悪りぃ…死亡者の事伝えても引かなかったし、ギリ要項通りCランクの魔道士だったから追い返せなくてよぉ…」

「ん?待ってスタナ、この依頼3日前にBランク相当の実力者じゃないと受けられない事になったハズだよ」

「なにぃ!?

 

俺が受理しちまったのは悪いが、その時の詳しい状況を愚痴ってたらとんでもない事が発覚しやがった。

タナト曰く、この依頼で死者が出た後の緊急会議で3日前に募集ランクが上がっていたらしい。

まさか、そんな大事なところ見間違えたか!?

 

「2人がかりでも見落としちまってたって事か…?」

「いや、僕はそうではないと思うね。確か、業務の終わりにその日受けた依頼に間違いや不備がないか必ず斡旋部側でチェックされるはずだ。受付の件を所長に伝えてあるなら、なおさら厳しく確かめるだろう」

「つまり、斡旋部が募集内容を直さないままにしてたって事?」

「僕はそう思うね。現に、未だに斡旋部から何の連絡も無いのがその証拠さ」

 

リルム曰く、斡旋部でも依頼の再チェックがあるらしいが、こっちに不備連絡すらないから依頼の内容自体が間違っていたんじゃないかって事らしい。

もしリルムの予想が合ってたら、ひでぇ話だ…

 

「なんか、最近そういうトラブル多いよね」

「まったくだね。斡旋部のヤツら、自分たちはほぼ高みの見物だからって適当な仕事しないでほしいね」

 

どうやら今回みたいなトラブルは以前からあったらしく、タナトもリルムも斡旋部側の愚痴をこぼしだした。

そりゃ~こっちは命がけで戦うんだから変な人材は寄越して欲しくはねぇけど、斡旋部で働いてる一部の人は真っ当に職務をこなしてるんだよな…

そう思うと、昨日俺たちに仕事を丸投げしやがったような輩に無性に腹が立つ。

あぁいう無責任なヤツはとっととクビに出来れば良いのにな。

 

ーコン、コン…ー

「あの…失礼します」

「まぁ、イルではありませんか!どうかされましたか?」

「あっ…!パシエス諸島の任務って、フェミさんが隊長だったんですね…!」

 

俺たちが隅の方で愚痴り合いをしていたら、小さく控えめなノック音が響いて入り口からイルが顔を出した。

たまたま入り口の1番近くにいたフェミリアがイルに声を掛けたら、驚きながらも安堵の表情を浮かべていたが、扉から顔を出した直後は異様に暗い表情に見えたけど大丈夫なのか?

 

「いかにも、今回の任務は私が総隊長として拝命されていますわ」

「あの…ここでは難なので、外で話してもよろしいでしょうか…できれば、スタナさんも…」

「ん?俺もか?」

 

どうやらイルは総隊長のフェミリアに用があったみたいだけど、何故か俺も指名された。

状況が全く飲み込めねぇけど、呼ばれたからには俺もフェミリアと一緒に会議室の外へと出た。

廊下に俺たちが出ると、なぜかイルは周りに誰もいない事を執拗に確かめだした。

そして俺たち3人以外誰もいない事を確認すると、今度は涙を浮かべ出したので俺たちは慌ててイルに話しかけた。

 

「おい、どうしたんだよイル!斡旋部の連中にでも虐められたのか!?

「イル、私たちは貴女の味方ですわ。ですから、事情を聞かせてください」

「うっ…ヒック!あの…さっき、この任務っの…監督官の先輩に、この任務の、監督官をしろと言われて…それで…!」

「なんですって!?

 

俺たちがイルに寄り添うように話を聞くと、イルは両目からポロポロと涙を流しながらとんでもない事を告げてきた!

斡旋部の連中はどうなってんだよ!?

本物の魔物すら見た事の無いイルを、よりにもよってこんな不安定で危険な任務に向かわせるとか、正気か!?

あのフェミリアも声を荒げるくらいなんだから、きっと前代未聞の出来事だろう事は容易に伺えた。

 

「イル、貴女はまだ監督官などやった事もないでしょう!」

「はい…でも、私が勝手にっ…魔道士さんを雇ったのだから、責任を取るものだ、と…」

「待てよ!まさかその先輩って、昨日のヤツか!?

「…はいっ…!わ、私っどうしたら…!!

 

俺が、監督官を押し付けたヤツは昨日のアイツか聞くと、イルは掠れそうな引きつった声で返事をしながら頷いた。

話の感じからまさかとは思ったけど、よりにもよってあのクソ上司かよ!

 

「なんて酷い事を…!他人に職務を丸投げしたあげく、戦地へ向かった事の無い者に監督官の任まで押し付けるなど言語道断ですわ!!イル、貴女が責任を負うことなど何もありませんわ。スタナさん、私は斡旋部の方に向かいますから、イルと会議室の中で待っていてください」

「分かった。とりあえずイルは落ち着けよ。きっとフェミリアがなんとかしてくれるだろうからさ。な?」

 

あまりの事に激怒したフェミリアは、俺にイルを任せて急ぎ斡旋部へ代役を立ててもらうために走り出した。

昨日の感じから察するに、またなんかの理由で所長が不在だったら代役なんて望めないかも知れねぇが、出来ることはやっておくに越したことはない。

俺は走り去るフェミリアを確認すると、イルの背中をさすりながら励まして泣き止むのを待った。

泣き顔なんて他人に見せたくないだろうしな。

幸いイルはすぐに泣き止んだから、呼吸が整った事を確認してからイルを会議室の中に入れた。

 

「おぉ~!君は先日の心優しきお嬢さんではないか!」

「ひゃあっ…!!

「こんな所で再会するなんて、これはきっと運m…!!

「イルが怖がんだろ!テメェは近付くんじゃねぇ~!!

 

俺とイルが会議室に入って早々アルドニールがイルに絡んで来やがったから、俺は即座にアルドニールに組み付いてイルから引き剥がした。

やめろ、またイルが泣きそうになってんじゃねぇかよ!

さすがにこれだけ一気に騒ぎ立てたせいか、タナトとリルムとメルもこっちに寄ってきた。

 

「あ、イルちゃん!大丈夫!?

「悲鳴を確認。直ちに対象と危険人物2人を隔離」

「セイレイン嬢、なぜこんなところに?とにかく、あの騒がしい2人には近づかない方が良いですよ」

「待て待て!俺まで危険人物扱いすんなって!」

「はわわ…!だ、大丈夫です!ちょっと驚いてしまっただけで…あの、スタナさんは私を庇ってくれただけなので、ひどい事はしないでください…!!

 

3人はイルに近づくと、見事に連携してイルを保護してくれたっぽいが、アイツら揃いも揃って俺まで危険人物としてイルを遠ざけやがった。

幸いイルが俺への濡れ衣を晴らしてくれたからアルドニールだけを警戒する事になったけど、いくら昨日知り合ったばっかだからって扱いが酷すぎるだろ!

 

「…ったく、おまえら同僚に対して酷くねぇか?ま、斡旋部の人間だからってイルを悪く思ってないっぽいのは良かったけどよ」

「ご、ごめんスタナ。てっきりスタナの性格からイルちゃんが怖がっちゃったんだと思って…」

「タナトに同意」

「僕も全く同意見だね。あと言っておくけど、斡旋部の事は良く思ってなくてもあそこで頑張っているセイレイン嬢や末端の職員まで悪くは思ってないからね」

 

なんだ、斡旋部全員を嫌ってるわけじゃなのか。

よくよく話を聞いたら部隊のヤツらは全員イルと知り合いらしくて、それぞれイルの事を気にかけてくれてたらしい。

フェミリアの部隊って、けっこう良いヤツばっかだったんだな。

もしフェミリアがそれを分かっててイルを会議室に入れたんだとしたら、アイツも俺の予想以上に気を利かしてくれてたんだな。

そっからは比較的穏やかだったが、直後に響いた乱暴に入り口が開かれた音で空気が一変した。

 

「全く、どうなっておりますの!」

「うわっ、隊長どうしたんですか!?

「どうもこうもありませんわ!斡旋部の方たちときたら、イルに無理やり監督官の任を押し付けたばかりか、イルを無断欠勤扱いして代役も出してくれませんのよ!?どうかしてますわ!!

 

あぁ、やっぱそうなったか…

扉を叩き付ける勢いで開け入ってきたフェミリアは珍しく怒りを露わにしたまま斡旋部での出来事を話した。

事態は俺の予想を遥かに超えてヤバかったらしい。

フェミリアが斡旋部に乗り込んだおかげで今日からイルが無断欠勤扱いになる事は無くなったが、やっぱ代役まではダメだったか。

 

「はぁ…仕方ありませんわ。イル、申し訳ないのですが、臨時監督官として私たちと共に来てはもらえませんか?」

「お言葉ですが隊長、いくらなんでもセイレイン嬢には荷が重すぎです」

「ですが、監督官不在で任務に当たる事はできませんわ。パシエス諸島の方々も、魔物を倒しに行く我々のことを恐怖と戦いながらずっと待っているのですよ」

「それはそうですが…」

 

一度大きく深呼吸をしたフェミリアは本当に申し訳ないという態度でイルに任務へ同行するよう頼み出たが、それをリルムが止めに入った。

代役を立てられなかった以上、監督官ナシで任務を遂行することが禁じられてるならイルを連れて行く他ない事は道理としては俺も分かるけど、気持ちの面では俺もリルムに同意だ。

一度も実戦を見た事すら無いイルを連れて行くのはリスクも大きいし、何よりイルが1番危険な目に遭いやすい。

俺がフェミリアとリルムの押し問答を聴きながらどうするべきかと思考を巡らせていると、この場の空気を全く理解していない様子のアルドニールが口を挟んで来た。

 

「君たちは何をそんなに悩んでいるんだい?彼女が監督官を任命されたなら、共に行けば良いじゃないか!幸い今回はこの僕が付いているんだから問題ないだろう」

「アルドニールさんはともかくとして…今回は私が隊長であるうえにこの任務の経験者でイルからの信頼も厚いスタナさんもいらっしゃるので、下手な部隊よりは良いと思いますわ」

「…そう、ですよね…フェミさんと、スタナさん達がいてくださるなら…私、頑張ります」

「はぁ!?

「待ってよイルちゃん、危険だって!」

「セイレイン嬢、私も考え直した方が良いかと…」

「怖いですけど…私が行かなかったら、たくさんの方々に迷惑が掛かってしまうんですよね…それに、いつまでもウジウジしていたら、ダメな気がするんです…だから、頑張ります…!」

 

 

こんな重大で重苦しい空気だったが、アルドニールのヤツが首を突っ込んで来た事で良くも悪くも事態は進むこととなった。

たしかにアルドニール以外はイルと面識もあるみたいだしそこそこ信頼のあるヤツらだからマシだけど、それでも危険な事には変わりない。

それなのにイルは任務に同行すると決めたらしく、いくら俺らが止めても頑なについて来ると言って聞きやしない。

良くも悪くも、どうして俺の周りの女たちは1度やると決めたらテコでも引かねぇんだよ…

 

「…ったく、しゃあねぇな…イルがそう決めたんなら、行くか」

「あっ…ありがとうございます、スタナさん…!」

「えぇ~!?スタナ、本気で言ってるの?」

「仕方ねぇだろ。イルが来なきゃ任務もできねぇんだし、これだけ言ってもイルが俺たちと来るって決めたんだったら、俺たちがしっかりイルを守って危なくなる前にさっさと任務を終わらせるしかねぇだろ」

 

さっきまで反対してた俺がイルの同行を認めると、イルは少し表情を綻ばせて喜んだが、未だに反対するタナトが俺の意見を戻させようとしてきた。

さっきまでフェミリアと押し問答していたリルムも軽く俺を睨んできたけど、俺の意見を伝えたら2人とも渋々といった感じだがイルが同行する事を認めた。

 

「助かりますわイル。貴女のことは私達が必ず守ります」

「…はい。よ、よろしくお願いします」

「そうと決まれば、早速イルの荷造りと馬車の用意をしましょう!メルさんはイルの支度を手伝って差し上げてください。他の皆さんは、私とともに馬車の用意を致しましょう」

 

やっと話がまとまったところで、俺たちはフェミリアの指示のもとで急ぎパシエス諸島へ向かう最終準備に取り掛かった。

イルの荷造りも思いのほか早く終わり、再度全体で忘れ物がないかしっかり確認をすると早々に馬車に乗り込んでグリンフィールを後にした。

出発は遅れたがなんとかパシエス諸島行きの最終船に乗り込めたから、今晩は早めに宿に入って明日の算段を打ち合わせてすぐに休む事となった。

俺はこれ以上トラブルが起こらねぇ事を祈りながら布団に潜り、明日に備えて眠りについた。