短編「クロウの初めてのおつかい」


とある昼下がりのこと。

 

「う~ん…やっぱり調子が良くないわね」

「そろそろクーラーストーンのメンテ時期だったしなぁ。しっかし、よりによって今日か…」

 

食材等を冷やして保存するための冷却石クーラーストーンの効力が切れてしまった。

本来ならすぐさま首都グリンフィールの魔石工房へ行って冷却能力の回復や修理などをするのだが、生憎この日は家主のフレスもスタナも仕事や村人たちからの頼まれ事でグリンフィールまで行く事が出来ないのだ。

 

「…どうしたの?」

「あ、クロウさん。実は、クーラーストーンの効果が切れちゃったみたいで…」

「…行ってくる」

「はぁ?行ってくるって、まさかお前がグリンフィールまで行って来るってのか!?」

 

フレスとスタナが頭を抱えていると、この家に居候しているクロウが2人の代わりにグリンフィールまで行ってくると言い出した。

それを聞いたスタナは驚きクロウに聞き返すと、クロウは無言でコクコクと頷く。

スタナとクロウの会話を聞いているフレスも、口には出していないが明らかに不安そうな表情でクロウを見つめた。

 

「お前、買い物なんてマトモにできんのか!?」

「やる」

「やる、じゃねぇ!そもそも1人でグリンフィールの街を歩いた事すらねぇのに、おつかいなんて出来るわけねぇだろ!」

 

おつかいに行く気満々といった様子のクロウに、明らかに不安そうなフレスとスタナ。

いい大人であるクロウが1人で買い物に行く事くらい、普通なら驚いたり不安に思うことはないのだが、残念ながらクロウは普通ではない。

彼はこことは違う大陸の少数民族出身で、数ヶ月前にこの家に来て初めてこの大陸での常識や文化を知り、生活の仕方などを学んでいる真っ最中なのだ。

そのうえクロウは、語彙や説明力といった他人と対話をする能力や人への興味関心が極端に低く、フレス以外の存在には全く興味を持たないと言っても過言ではないほどである。

オマケに、悪人に呪いを掛けられていたとはいえ前科持ちでもある。

これで不安に思わない方がおかしい。

 

「あの、本当に行くんですか…?」

「行く」

「…分かりました。じゃあ、お願いします」

「おいおいフレス、マジでコイツに行かせるのか!?」

「ちょっと不安だけど、今日中に直してもらわないと食材がダメになっちゃうわ。魔石工房ならクロウさんと何度も一緒に行ったから多分大丈夫よ。それにグリンフィールならフェミさんやイル達に頼る事もできるし」

 

しばらく悩んでいたフレスだったが、珍しくクロウが自主的に行動しようとした事と、自分達となら何度も行った場所である事、さらには彼の事情をよく知っている人物もいる場所である事から、彼におつかいを頼む事にした。

 

「ついでに、ニンジンとじゃがいももお願いしますねクロウさん」

「…うん」

「工房は大通りの噴水を左ですからね!あと野菜は中層の市場で買って…あ、無闇に魔法を使っちゃダメですからね!移動は徒歩か馬車で…」

「…うん」

「大丈夫かよ…」

 

こうして、クロウの初めてのおつかいが始まった。

 

 

辻馬車に乗ってグリンフィールに着いたクロウは、さっそくフレスに言われたように魔石工房へ向かうために大通りを歩きはじめた。

しばらく進むと街の憩いの場である中央広場に入り、そのままさらに進むと目印の噴水にたどり着いた。

 

「噴水、を左…」

 

クロウはフレスに言われた事をボソボソと復唱して確認しながら噴水の前を曲がって行く。

が、何を思ったのか左と口にしながら右の通りへと入って行ってしまった。

職人通りとも呼ばれる左の通りとは対照的に右の通りは歓楽街となっている。

広場の近くは居酒屋や飲食店が並ぶが、さらに奥に行くと薄暗く怪しい雰囲気の店が多く立ち並び、なにやら重たい空気が流れてくる。

 

「……違う?」

 

いくら周りや人への興味関心が皆無なクロウでも、進めば進むほど以前行った職人通りの雰囲気とは明らかに違う事に気付いたようで、その場に立ち止まって辺りをしっかりと見回した。

まだ昼間だというのに薄暗い通り、なにやら如何わしそうな名前とイラストが書かれた看板。

その光景はどう見ても今まで目にして来た街の雰囲気とは違っていた。

どうやらクロウは、マトモな人間は絶対に入らないくらい奥まで入り込んでしまっていたらしい。

 

「ここ、やだ…」

 

さすがにここに居るべきではないと悟ったクロウは、少し顔をしかめながら来た道を戻ろうと振り返る。

だが、そんなクロウに声をかける者がいた。

 

「あら珍しい。こんなトコロに、随分とカワイイ子が来たわね…ねぇ、ウチの店でイイ事して行かない?」

「…だれ?」

「そんな事、どうだって良いじゃない」

 

聞き覚えの無い女性の声に呼び止められたクロウは、小首を傾げながら声の聞こえた方へと身体を向けた。

そこには、かなり露出度の高い服を身にまとったスタイルの良い妖艶な女が立っていた。

どうやら女はクロウを店に連れ込もうとしているようで、わざと性的に興奮させるように身体をクネらせながらクロウに近付いて腕を組もうとする。

 

「ねぇ…とっても気持ちイイから、ちょっとだけ…」

「用事あるから、無理」

「そんな事言わずに」

 

普通の男なら、こんな妖艶な女性に声を掛けられて腕を組まれたら、多少なりとも鼻の下を伸ばすだろう。

しかしクロウは色恋沙汰などに全く興味が無いようで、顔色ひとつ変えずに女を振り払い、中央広場の方へと戻ろうとした。

だが女も商売根性からなのか必死に引き止めてくるので、クロウはなかなか思うように広場へ戻れない。

 

「…離して」

「じゃあお店に…」

「…邪魔!」

「ひっ…!きゃあ~!!」

 

初めこそ無関心そうに女の手を振り払い続けていたクロウだったが、女の執念に嫌気がさしてきて、つい魔法で女を拘束してしまった。

突如クロウが出した黒紫色の物体に巻き付かれて宙に浮かされた女は、あまりの恐怖に涙目になって叫び声を上げた。

 

「ご、ごめんなさい…!もうアンタには関わらないから助けて!」

「…分かった」

「…えっ…?」

 

このままではクロウに殺されると思った女は、必死で命乞いを始めた。

女が早々に〈もう関わらない〉と口にすると、ただ自分の行きたい場所へ向かいたいだけだったクロウはアッサリと女を許して解放した。

拘束を解かれた女は地面に崩れ落ちるように座り込みながら、今起こった事が理解できないとでもいうように目を丸くする。

その様子をしっかりと確認したクロウは「もう来ないで」と一言だけ言い残し、茫然と座り込んでいる女を放置して再び中央広場へと足を運びだす。

これでフレスに頼まれたおつかいを再開できる。

そうクロウは思っていたのだが…

 

「アルメリス教団の者だ!きみ、こんな所で何をしているんだ!」

 

広場の方から駆けて来た、茶髪の教団兵の青年に足止めされてしまった。

 

「道、間違えた」

「はぁ?酒場の辺りならともかく、こんな奥まで気付かない訳がないだろ!それに、さっき聞こえた悲鳴はなんだ!」

「…あ」

 

険しい表情をした茶髪の青年に職務質問されたクロウは正直に答えたが、場所が場所なだけに怪しまれて信じてもらえていないようだ。

さらに先程の悲鳴について聞かれたクロウは、バカ正直に心当たりがあるといったような声を出してしまい、さらに状況を悪くしてしまう。

 

「あっ、て…いったい何をしたんだ!」

「しつこかったから、つい…」

「つい何をしたのかを聞いて…!」

「タナト君、此方の方から悲鳴が…って!タナト君、早くソイツから離れるんだ!!」

「うわっ!?」

 

茶髪の青年の訊問にクロウなりに正直に答えていたが、どこかすれ違った返答に早くも青年は痺れをきらす。

そして青年は怒鳴るようにクロウを問い質そうとするが、彼の背後から来た赤毛の青年が血相を変えて茶髪の青年の背中を引っ張ったため、中断させられてしまった。

茶髪の青年をタナトと呼んだ赤毛の青年は、クロウの顔を見ると一気に警戒心を剥き出しにし、左手でタナトの制服を掴みながら右手で自身の背中に付けた槍を取った。

 

「ちょっとリルム!」

「タナト君、アイツは件の殺人鬼だよ!今は魔道士の保護下で大人しく暮らしているらしいが、1人で出歩く事はまだ許可されていないはずだ」

「え~!?こんな間抜けそうなヤツが!?…はっ!まさか、俺を油断させて殺そうとか…!」

「しないよ?」

 

赤毛の青年リルムの話を聞いたタナトは大声を出して驚き、自分も口封じに殺される所だったのかと思い、帯刀していた剣に手を掛けてクロウを威嚇するように警戒しだす。

だが敵意を向けられたクロウの方は、全く動じずに短い一言でタナトの言葉を否定した。

 

「殺しはダメ…フレスと約束した」

「と、とにかく!教団に連行するよ!良いよね、リルム」

「そうだね。大人しくすれば悪いようにはしない。僕たちと共に来てもらうよ」

 

人殺しは絶対にやってはいけない。

そうフレスに言われていたクロウは、彼女が側にいない今の状況でもしっかりと意識しているようだ。

しかし、最近のクロウの事をよく知らない2人は、危険人物の保護と詳しい事情を聞き出すためにクロウを教団へと連れて行こうとする。

 

「…行かなきゃ、ダメ?」

「「ダメだよ!」」

 

教団行きを告げられたクロウは、早くおつかいを済ませたいと思っているので教団に向かう事をしぶる。

だがそれを聞いた教団の2人は同時にクロウを一喝し、タナトは半ば捲し立てるように、リルムは逆に諭すようにクロウを説得しだした。

 

「も~!きみ、自分が置かれてる状況全く理解してないでしょ!?騒ぎの容疑者候補なんだから、来ないと罰則もあるんだよ!」

「逆に問題無いと判断されれば、最近の君の行いによってはお目付役付きで解放されるだろう。ここで言う事を聞かなければ、また教団で幽閉生活だ。分かったかい?」

「…分かった…帰れないのは、いや」

 

初めこそ拒否していたクロウだったが、2人の話だとこのままではフレスが待つハンティスの家に帰ることすら出来なくなると聞いて、渋々教団に向かう事にした。

やっと教団に連行できると思ったタナトとリルムは、クロウの両脇に立って教団へ連れて行こうとする。

 

「よし、じゃあ教団の取調室に…」

「…あ。待って」

「も~、今度は何!?」

 

だが、再びクロウがしぶる素振りを見せたため、痺れを切らしたタナトが明らかにイライラとした態度で話を催促する。

 

「教団に行く時、これ着けないと…」

「なっ!?なぜ魔法抑制術の掛かっているチョーカーを外してるんだ!そのチョーカーの着用と魔道士の保護下でならという事で外での生活を許されているんじゃないのかい!?」

「えっ?えぇ~!?待って待って、もう全部がダメじゃん!」

「洗って、付けてもらってなかった…」

 

クロウが徐に取り出したのは、桁外れなクロウの魔力を抑えて魔法を制限する術式を編み込んだチョーカーだった。

これには冷静さを保っていたリルムも驚き、タナトと共に即座に数歩クロウから離れて再び牽制しだした。

しかしこんな中でもクロウは全く気にせずマイペースで、自分でチョーカーを付けようとする。

 

「…うぅ~……つかない」

「…もしかして君、自分じゃ付けられないのかい?」

「付けて」

 

だが、思いのほかクロウは不器用でなかなかチョーカーを付けられず、そんなクロウのあまりの間抜けっぷりにタナトとリルムは目が点になってしまう。

終いには自分でチョーカーを付ける事すら諦め、2人にチョーカーを付けて欲しいと頼みだす始末だ。

これには2人も呆れてため息をこぼした。

 

「はぁ…タナト君、付けてあげて…」

「えぇ~…まぁ、いいや。付けてあげるから、背中向けて!」

「分かった」

 

クロウの頼みを聞いたリルムは流れるようにタナトに丸投げし、タナトは嫌そうな素振りを見せながらもクロウからチョーカーを受け取って彼の首に付ける。

 

「はい、付いたよ!もう他にやり残した事とか無い?」

「…うん、大丈夫」

「やっと終わったかい?それじゃあ、教団に向かうよ」

 

クロウにチョーカーを付けたタナトはもう足止めされるような事が無いか念入りにクロウに問いただして確認すると、2人はやっとの思いでクロウを教団へと連行した。

 

 

その後クロウに事情聴取を初めて小一時間ほど経った頃。

タナトとリルムは教団の取調室で頭を抱えていた。

 

「だーかーらー!なんで歓楽街通り越して風俗街まで入り込んだんだよ!しかも風俗街のかなり中の方だよ!?」

「…間違えた」

「普通なら遅くても風俗街の入り口で気づくでしょ!」

「タナト君、多分それ以上聞いても無駄だよ…それより、あの場で君が出会ったという女性を脅した経緯を…」

「噴水に戻りたくて、それで…えぇっと」

「はぁ、話が進まない…」

 

聴取に対してクロウは正直に話をしているのだが、いかんせん言動が拙い事と通常では考え難い内容に、どう処理したら良いのか見当も付かないのだ。

詳細を聞こうにもクロウが説明下手すぎて詳細も分からず、タナトは気性を荒立て、リルムは額に手を付いて考え込む始末だ。

タナトとリルムが、このままでは残業かと覚悟した時、軽いノック音の後に1人の女性教団員が入ってきた。

 

「失礼しますわ」

「はぁ~、どうぞ~。…って、フェミリア隊長じゃないですか!」

「なっ!?隊長、何故こちらに?」

「ふふっ…お二人とも、今の私はもうお二人の隊長ではありませんよ。クロウさんも、1週間ぶりですわね」

「…うん…」

 

扉から現れたのは、2年ほど前までタナトとリルムのいた部隊の隊長を務めていたフェミリアだった。

彼女はクロウが教団に保護された時から、彼の事情聴取や贖罪任務への同行などを行なっていた。

そのため、当然クロウとも面識があるうえに、ある程度彼の話を理解し聞き出せる数少ない人物の1人である。

ただ、クロウ自身はフェミリアに苦手意識があるのか、珍しく表情を歪めながら素っ気なく返事をした。

 

「それで、フェミリア隊長はなぜこちらに?」

「現地調査の結果が出たので、その報告書をお2人に届けに来たのですわ。それと、彼の聴取に難航していると思ったので、少々手伝いに」

「本当ですか!?やったー!以前もコイツの取調べをしたフェミリア隊長が来てくれたなら、百人力だねリルム!」

「それはありがたいですが、宜しいのですか?隊長もご自身の職務があるでしょうに…」

「問題ありませんわ。調査結果から、彼にいくつか質問をしたいだけですから」

「…それなら良いのですが。では、よろしくお願いします」

 

フェミリアが手を貸してくれると知ったタナトは大喜びでリルムに声をかけた。

それに対してリルムは、フェミリアの仕事に差し支えてしまうのではと心配しだしたが、フェミリアが直ぐに終わると宣言したので素直に彼女の力を借りる事に決め、クロウの正面の席をフェミリアに譲った。

 

「それでは、聴取を再開致しますわ。ではクロウさん、何度も聞かれているとは思いますが、今日は何故お一人でグリンフィールに?」

「…これ、直すのに。あと、買い物」

「貴方の面倒を見てくださっているお2人は?」

「2人とも、忙しいって。でも、直さないとダメって」

「ふむ、そういう事でしたのね」

「か、会話が成立してる…の!?」

 

2人に代わってフェミリアがクロウと話をすると、クロウは持っていたクーラーストーンを見せながら少しずつ詳細な事情を話し出し、フェミリアも現在のクロウの生活状況を鑑みながらクロウが口にしなかった背景を予測し、それを確かめるように質問を重ね、より詳しく証言を引き出していく。

その光景を目の当たりにしたタナトとリルムは目を大きく見開いて驚いた。

 

「なんでそんな詳しく聞き出せるんですか!?俺たちがいくら聞いても詳細なんて話さなかったのに…」

「…もしかして、此方が詳細に聞かなければ彼は答えられないのですか?」

「ご明察ですわ。それと、誘導するように分かりやすく質問する事も、彼と会話をするポイントですわ」

 

なぜフェミリアがいとも容易くクロウから情報を聞き出せるのかが分からないタナトは唸るように考え込む。

タナトとは対照的に察しの良いリルムは、先程の会話からコツを見つけたようだ。

フェミリアは己で対話方法に気付いたリルムを軽く褒め、さらにリルムがまだ気付いていないであろうコツまで2人に教えだす。

 

「…帰っちゃ、ダメ?」

「申し訳ありませんが、もう少しだけお話を聞かせてくださいね。タナトさんとリルムさんには、また後ほどコツをお教え致しますわ」

 

だが、さすがにクロウも痺れを切らしてきたようで「帰りたい」と言い出したため、フェミリアは再びクロウに話しかけた。

 

「では…今度は風俗街、クロウさんが間違って入り込んだという場所での事をお聞かせください。貴方はあの場所で、1人の女性とお会いしましたね」

「うん。寒そうな格好の人」

「そうですわね。その方に何をされ、貴方はなにをしたのですか?」

「えっと…お店に来いって言われて…無理って言って。でも、腕、引っ張られて…」

「それでその女性に魔法を使った、と」

「…ごめん、なさい…」

「ごめんじゃ済まない事してるじゃないか!」

 

フェミリアが風俗街での事を聞き出すと、クロウは辿々しくもありのままに話し、最後に小さな声で謝罪した。

それを聞いたタナトは、その女性が酷い目に遭わされたのだと思い、勢い任せでクロウの胸ぐらを掴んで怒鳴り付け、その光景をみていたフェミリアとリルムが静止に入る。

 

「タナトさん、彼を責めてはいけませんわ」

「フェミリア隊長の言う通り、この人を責めるのはお門違いのようだね」

「待ってよ、リルムまでコイツの肩を持つの!?」

「隊長が持って来られた現地調査記録だと、女性側が執拗な客引きをした事から始まったイザコザのようだよ。被害女性も無傷のようだしね」

「え、じゃあ魔法は使ったけど、ちょっと脅かしただけって事?」

「そうなりますわ」

 

二人掛りで制止されたタナトは納得がいかないとフェミリアとリルムに食って掛かる。

だが、いつの間にか報告書を読み込んでいたリルムが手短に内容を教えるとタナトも自分の思い違いに気付いたようで、バツが悪そうにゆっくりとクロウの襟元を放した。

 

「…その、さっきはごめん。てっきり相手に大怪我でもさせたんだと思って…」

「…大丈夫。慣れてる」

「慣れてるって…」

「そのくらいに致しましょう。魔法を使ってしまった事は規約違反ですが、相手方にも非がありましたし、クロウさんも嘘を吐かずに反省しておりますもの」

 

タナトは、いくら元罪人とはいえ勘違いから手を上げてしまった事をクロウに詫びる。

それに対してクロウは、慣れていると言ってアッサリとタナトを許すが、この「慣れている」という言葉に引っ掛かりを覚えたタナトは言葉の背景を訊こうとした。

だがそれはフェミリアによって止められてしまった。

 

「それでは、私はこの事を上に報告致しますので、お二人はクロウさんの用事を手伝いハンティス村の奥にある〈ハイトさん〉という方の家まで送り届けてあげてくださいね」

「「えっ、俺(僕)たちが面倒見るんですか!?」」

 

タナトが口を噤んだことを確認したフェミリアは軽く頷くと、清々しい笑顔でクロウの面倒と送迎を2人に言付けた。

まさか自分達に白羽の矢が立つとは思ってもみなかったタナトとリルムは声を揃えてフェミリアに聞き返した。

 

「ハンティスってあのヴァンガルトに隣接する村ですよ!?その奥って、ほぼヴァンガルトじゃないですか!」

「あの、フェミリア隊長。申し訳ないのですが、僕らも部隊の仕事や訓練が…」

「その事でしたらすでに代役を立ててありますし、お二人の明日の勤務予定も休暇にしてありますわ。それでは、彼の事をお願いしますね。クロウさんも、このお二人の言う事をよく聞いて行動してくださいね」

「…分かった」

「えぇ~!ちょっと待っ…!!」

 

タナトとリルムはそれぞれ抗議する。

だが抗議理由を全て予見していたフェミリアによって予定を変更されており、尚且つ次の言葉を挟む暇も与えない勢いで指示を出すと、フェミリアはさっさと取調室から出て行ってしまった。

 

「…行ってしまわれたね」

「うわ~、相変わらず根回しがスゴすぎてまた断れなかった…」

「仕方がないね。幸い今日と明日の任務は無くなった事だし、隊長なりに僕らにも利があるよう取り計らってくれてるだろうから頑張ろう、タナト君」

「はぁ、りょ~か~い」

 

嵐が去った後のように呆然と立ち尽くしていたタナトとリルムだったが、埋め合わせまでしっかりされているからとリルムは腹を括った。

そしてタナトもリルムに促される形でやっと動き出し、この急遽入った特命任務に乗り出した。

 

 

様々なトラブルによって昼を大きく回ってしまったが、クロウは自分のお目付役を命じられたタナトとリルムと共に、噴水広場まで戻って来た。

 

「それで、クロウはどうしてここで道間違えたの?」

「う~ん…噴水を左って言われたから」

「そりゃ左だったら歓楽街や風俗街に行っちゃうでしょ」

「待つんだタナト君。彼はハンティスから来たのだから、噴水の向こうからこちらを向いて歩いて来たんじゃないかな」

「え、あ!今俺たちは中央側の教団から来たけど、クロウは街の外側から歩いて来たから今の俺たちと逆を向いていたのか!あ~でも、そうなるとクロウは右に曲がって行った事に…」

「…まさか…?」

 

せっかく噴水広場まで来たからと、タナトは何故クロウが道を間違えたのかを探ろうとする。

始めはクロウの発言から、彼が教わった道が間違っていたのかと思ったタナトだったが、クロウが道を間違えた時と今では向いている方向が違っている事をリルムが指摘し、また原因が分からなくなったタナトは頭をワシワシと掻きながら唸り始めた。

だが、クロウを挟んでタナトと反対側で考えていたリルムは何か思い当たる節を見つけたらしく、ハッとした顔でゆっくりとクロウの正面に移動した。

 

「君、まさかとは思うけど…左右を逆に認識していたりしないよね」

「えぇ~、そんなの間違うわけ無いじゃん!試しにほら、左手上げてみなよクロウ!」

「…?こっち?」

「あ~…」

「えぇ~…マジで?」

 

そもそもクロウが左右逆に覚えているのではないかと言うリルムの仮説に、流石にそれは無いと笑いながらタナトは否定した。

だが試しにクロウに左手を上げさせてみると、何を思ったのかクロウは右手を上げたため、タナトとリルムは一瞬言葉を失い、揃って頭に手を当てた。

 

「待ってクロウ、そっちは右手でしょ」

「でも…右は使う手で、左は支える手だって…」

「なるほど、君は左利きなのか。それなのに右利きの教え方をされたから左右を間違えたって訳だね」

「うわ~、左利きとか本当にいたんだ!あ~でも、左右間違いなんて普通10才くらいまでには直らない?」

「…右とか左とか、ここで聞いた」

「ウソでしょ!?」

「タナト君、彼は北の雪原地帯の出身だし、もしかしたら方角や天体で意思疎通していたのかも知れないよ」

 

クロウの拙い説明でもリルムは納得がいったようで、小さく頷いた。

それでも、大人になっても左右を間違えたままだったという事に納得がいかないタナトは、さらに一般論を口にする。

しかしクロウがこの街で初めて左右を知ったと聞いたタナトはさらに驚愕し、信じられないモノを見るような視線をクロウへと向けるが、クロウの経歴書を読んでいたリルムが間に入った。

 

「え~、でも左右が無いと不便じゃない!?」

「北の雪原地帯では太陽が昇らない日もあるようだし、暗闇で意思疎通を測るなら星で方向を示した方が間違わないと思うよ。どうだいクロウ君、僕の予想は当たっているかな?」

「うん。北の高台とか、赤星の方とかって言ってた」

「ほらね、タナト君」

「えぇ~、なんでリルムもクロウの事詳しいんだよ!」

「…それはタナト君が書類の類いをあまり読まないせいだよ。それより、早く魔石工房へ行くよ」

「あ、そうだ。クーラーストーン直すだけじゃ無かったんだ!って、2人とも置いて行かないでよ~!」

 

クロウの出身地から生活様式を推測したリルムが自分の予測が合っているかクロウに尋ねると、クロウはコクコクと頷いて肯定した。

それを聞いたリルムは自慢げに鼻を鳴らしてタナトの方を見やったが、直後のタナトの自滅的な質問に大きな溜め息を吐く。

そしてこのままではラチが開かないとばかりにタナトに先を急ぐよう伝えると、リルムはクロウを連れてサッサと歩き出し、置いて行かれそうになったタナトも慌てて後を追った。

 

 

職人通りに入ると、タナトはとある一件の工房を指差して声を張り上げた。

 

「リルム、クロウ、ここにしよう!」

「タナト君、下手な場所よりクロウ君たちの行き付けの店の方が良いんじゃ…」

「あれ、俺リルムに言ってなかったっけ?ここ俺の実家で魔石工房だよ!そこそこお客さんも来るし、もしかしたら割引きしてくれる!かも」

「君ねぇ…」

 

どうやらこの工房はタナトの実家が経営している魔石工房らしく、どうせ用事があるなら少しでも実家を儲けさせようという魂胆のようだ。

そして長年タナトの相棒を務めているリルムにはタナトの魂胆などお見通しで、潔いほどのタナトの行動にこれまた大きな溜め息を吐いた。

 

「あのねタナト君。これは彼のおつかいなんだよ?彼が普段行っている工房の方が良いに…」

「…入らないの?」

「ほら、クロウはウチで買い物する気満々みたいだよ!」

「それで良いのかいクロウ君!?」

「うん」

「あぁ、待ってよクロウ~!」

 

リルムはクロウが最初に言われているであろう工房が良いと口にしかける。

だが、まさかのクロウ本人に促されて驚きのあまりつい口を突いてクロウに再確認すると、クロウは小さく頷いて工房へと向かってしまい慌てて2人も工房へと入った。

 

「いらっしゃ~い!って、お兄ちゃん!?今日はお仕事じゃ…」

「俺はサボりなんてしてないからね!?今日はこの黒い人の護衛!クーラーストーン直したいんだって」

「あ、ちゃんとお客さんいたんだ。って…!」

 

クロウ達が工房に入ると、彼らよりもまだ若い女の子が元気よく挨拶をしながらこちらに駆け寄ってくる。

どうやらこの少女はタナトの妹らしく、タナトの顔をみると目をまるくした後「まさかサボりか」と言いたげにタナトをジト目で見つめてきた。

その対応にタナトは軽く頬を膨らませながら否定し、少女に要件を伝えながら軽くクロウを紹介すると、クロウを見た少女は血相を変えて後退りだす。

 

「あっ…あっ!」

「だ、大丈夫ですよお嬢さん!彼はっ…!」

「そ、そうだよ!クロウは怖くなんて…!」

「うわ~!!お父さ~ん、お兄ちゃんがっ!お兄ちゃんが異様に美人な人2人も連れて来た~!!」

「「そっち(かい)!?」」

 

少女の反応からクロウが殺人鬼として指名手配されていた事を知っていたのかと思ったタナトとリルムは、各々少女の恐怖を取り払おうと口々に宥めようとした。

だが少女が驚いたのは「凡人の兄が美人を引っ掛けて来た」という事の方だったらしく、タナトとリルムは揃って少女の背中にツッコミを入れた。

 

「こら!お客さんに失礼だろ!…ゔぅん!いやぁ、娘が申し訳ない」

「い、いえ…元気なお嬢さんですね」

 

少女が店の奥へと駆け込むと、少女の接客態度を咎める男性の声とゴツンという鈍い音が響き、奥から声の主であろう中年の男が現れた。

少女を娘と言っている事からおそらくタナトの父親である男は、1つ咳払いをするとリルムとクロウに向かって頭を下げた。

 

「父さん、こっちの彼がクーラーストーン直して欲しいんだって!」

「ん?あぁ、君はたしかハイトさんところの!今日はいつも一緒の嬢ちゃん居ないのかい?」

「フレス、今日は忙しいって」

「なるほど。それで兄貴の方も仕事に行ってんだかで、代りにおつかいって訳か!どれ、魔石を見せてみな」

「え、父さんクロウの事知ってたの?」

「あぁ、うちのお得意さんところに世話になってる子だよ」

 

タナトに促され改めてクロウの顔を見た店主は、少し驚きながらも親しそうにクロウに話しかけてきた。

その話ぶりから、どうやらここがクロウが目指していた工房だったようだ。

 

「な~んだ、新規開拓できたかと思ったのに…」

「おいこらタナト、客の前で失礼だろ!」

「いでっ!!父さんの拳、岩より硬いんだからやめろよ~!」

「うるせぇ、オメェの石頭なんざ金槌でも割れねぇだろ!」

「ひっでぇ!」

「くすっ…!親子仲が良いのですね」

「リルムにはコレのどこが仲良しにみえるんだよ~!」

 

クロウが店の新客じゃなかった事にタナトは小声で愚痴をこぼした。

すると、それを聞いていた店主が間髪入れずにタナトの頭に鉄拳を入れ、2人は親子特有の口喧嘩を始めた。

それを見ていたリルムは、実家ではまず見られない本音での会話にクスクスと笑いながら心底羨ましいそうに話すと、それが理解できないタナトは涙目になりながらリルムに抗議する。

その間に魔石を点検していた店主だったが、次第にその店主の顔が少しずつ曇りだした。

 

「…こりゃ、もうダメだなぁ」

「…もう、ダメ?」

「そうだなぁ。使えるにゃ使えるが、劣化して中にヒビが入っちまってるからなぁ。エレメント補充しても、良いとこ5日しか保たんよ」

「普通なら魔力を足さなくても1年は保つのに、それじゃあ買い換えるしかなさそうだね」

「…リルム、1年も保つのはかなり高級なヤツだよ。それでも、買い替えってなるとけっこう値が張っちゃうけど、クロウお金持ってる?」

「クロウ君、今の持ち合わせはどのくらいあるんだい?」

「う~ん…」

 

店主いわく、クロウが持っていたクーラーストーンはもう買い替えなければならないらしい。

想定よりも出費が嵩む事が発覚し、タナトとリルムはクロウの承諾を得て彼が持っていた財布の中を確認した。

 

「…ちょっと、いくらなんでも少なすぎないかい?」

「クロウは貴族のリルムとは違って、僕らと同じ一般人だよ!エレメント補充だけの予定なら買い物してもそこそこ余裕はあるよ。まぁ、買い替えってなると全然足りないけど…」

「無いと困るって、フレスが…」

 

だが、さすがに買い替えまでは想定されていなかったため明らかに資金が足りない。

それでも「無いと困る」とクロウが言うものだから、タナトとリルムも頭を抱えて悩みだした。

 

「父さん…いくらお得意さんでも、ツケ払いなんて…」

「さすがに買い替えのツケはなぁ…」

「だよね~。買い替えって言ったら、最低でも3万くらいだもんね…」

「たった3万で済むのかい?」

「リルム、俺たち平民に喧嘩売ってる!?」

 

いくらお得意さんでも高額商品のツケはできないと知ってタナトとクロウは途方に暮れる。だが貴族の出であるリルムは安いと思ったのか「たった3万」と口にしたため、いくら長い付き合いのタナトでも声を大にして反論しだした。

 

「3万っていったら、俺の給料の2割くらいだよ!?そんなの易々と出せるわけないじゃん!」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないよ。たしかクロウ君は魔道士の証明資格証をもっているから、教団か金融組合に連絡を取れば彼の講座から3万くらい出せるのでは無いかと…」

「そっか!魔道士の資格証は金融講座の証明証も兼ねてるから、金融組合から借りる事もできるもんね!なんだ、最初からそう言ってくれれば良いのに~」

「今回は僕の説明不足だったね」

 

どうやらリルムは金銭感覚からではなくクロウが持っているであろう資格証の機能からそう口走ったらしい。

リルムの説明でその事に気付いたタナトも納得したようで、小言を言いながらも笑顔で頷いた。

 

「そういう事だから、クロウ君の魔道士免許を貸してもらえないかい?」

「それで、買える?」

「君の講座残高と審査次第だけどね」

「分かった。コレ」

 

タナトを納得させたリルムがクロウに魔道士免許を見せるよう交渉すると、それで新しい魔石が買える事だけ確認したクロウはコート状のローブの内ポケットから自身の魔道士免許を取り出し、アッサリとリルムに手渡した。

それを受け取ったリルムは扉1枚表に移動し、持っていた通信機で何処かへ連絡を取り出した。

 

「クロウ、リルムだから変な事なんてしないだろうけど、魔道士免許ってけっこう色々出来ちゃうから、簡単に他人に渡したり見せびらかしたりしない方が良いよ」

「そう、なの?」

「うん。多分、クロウがお世話になってるフレスって人にも迷惑かけちゃうから、気を付けなよ」

「…分かった。フレス困らせるの、イヤ」

「ふぅ。教団に問い合わせたら、とりあえずは大丈夫みたいだよ」

「…ほんと?」

 

全く疑う素振りも無く易々と魔道士免許を渡してしまったクロウが心配になったタナトがクロウに忠告し終わった頃、外で連絡を取っていたリルムが店内へと戻ってきた。

クロウの側まで戻ってきたリルムは、資金の当てができた事を伝えてクロウから預かった免許を返し、今度は店主と話を始めた。

 

「店主殿、こちらの工房で小切手は使えますか?」

「あぁ、小切手なら稀にあるから使えるが…」

「では、この書類にこの工房の情報と彼が購入する魔石の値段を記入してください。その後、僕と彼のサインを記入して教団に持って行けばお金が支払われます。それで良いですか?」

「あぁ、それなら問題無い!アンタ、うちの息子と違ってシッカリしてるなぁ!」

「とんでもない。クロウ君も、それで良いね」

「うん」

 

リルムが店主に小切手での支払いを説明すると、その方法なら過去にも取引をした事があると店主も笑顔で了承し、タナトよりもしっかりしているとリルムを褒めた。

なにはともあれ、クロウはリルムのおかげで新しいクーラーストーンを買える事になった。

 

「それでリルム、クロウはどのくらいの値段なら大丈夫なの?」

「ちょっと驚くくらいはあったから、よほど高級な魔石でなければ大丈夫だと思うよ」

「えっ、リルムが驚くくらいなの!?でも、それなら安心して買えるね!クロウはどの魔石が良い?」

「…知らない」

「クロウ、ちょっとは考えてよ~!」

 

タナトがリルムに予算の確認をすると、金額は濁したがかなりの金額があったらしく、それを聞いたタナトは驚きながらも予算の心配はいらない事が分かり、今度はクロウに魔石を選ばせようとする。

だがクロウは一目たりとも魔石を見ずに首を傾げ、まるで他人事のような返事を返した。

これには流石にリルムと店主も苦笑いを浮かべる。

 

「君、本当にあの嬢ちゃんに任せっきりでほぼ何も考えて無いんだな…まぁ、あの嬢ちゃんは大概コスパと魔力耐久気にしてるみたいだったし、コイツでどうだ?」

「うわっ!父さん、それ結構値が張らなかった!?」

「ちょっと前まではな。だが、ついこの前新作が出来たんでちっと安くなってる。それにコイツはお試し用に貸し出してたヤツで少し使われちまってるんだ」

「なるほど~。でも、高いんでしょ~?」

「まぁ、新品なら6万ってところだが…型落ちと中古って事で4万でどうだ?たしか前のもそのくらいだったろ」

「おぉ~!こりゃ買わなきゃ損だよクロウ!!」

「タナト君、君のせいでなんだか胡散臭くなってるよ…」

「タナト、お前やっぱ商売人向いてねぇな」

「えぇ~…」

 

全く考える気の無さそうなクロウを見兼ねた店主は、以前使っていた魔石や買い方等から求めているであろう性能を予測し、それに合った魔石を選んでクロウに勧める。

その店主の説明に合いの手でも入れるようにタナトも話に入ってクロウに魔石を勧めた。

が、あまりに下手過ぎるタナトの演技と合いの手からリルムと店主に酷評されてしまい、流石にショックを受けたタナトは店の隅にしゃがみ込んで地面に円を描き始めてしまった。

 

「はぁ、子供じゃないんだから…それで、クロウ君はどうするんだい?他の魔石も見せて…」

「…それ」

「え?」

「それにする」

「あんた、他の魔石は見なくて良いのかい?」

「…うん」

「君はもう少し自分の頭で考えた方が良いと思うよ…けど、とりあえず店主殿が勧めてくれた魔石にするんだね。じゃあ手続きに入ろうか」

 

リルムは1人でショボくれているタナトを放置して、クロウに他の魔石も吟味させようと話を振ろうとした。

だがクロウは、おそらく何も考えずに店主が勧めた魔石にすると言ってなぜか譲らなかったため、店主は苦笑いし、リルムは呆れたように頭を抱えたが、時間も押している事から手続きに入る事にした。

店主が用紙に必要事項と魔石代を記入し、それを確かめたリルムとクロウがそれぞれサインをすれば終わったのだが…

まさかのクロウが自分の名前の綴りも覚えていない事が発覚してさらにリルムの頭を悩ませた。

そのせいで通常の倍以上の時間が掛かったが、気さくな店主とリルムの頑張りのおかげで何とか魔石を購入する事ができた。

やっとの思いで魔石工房の用事を終えさせたリルムは、未だに落ち込むタナトの襟元を掴んでクロウと共に店を後にし、次の目的地である中層街の市場を目指した。