第9話「悪夢の再来」


オリ君が出て行ってから、もう20分くらい経ったかしら。

暗号の解き方を説明した直後はレオナもいっしょに解読していたけど、レオナは記号がうまく覚えられずすぐに飽きてしまい、今は古びたベッドに横になってスヤスヤと寝息を立てている。

けっきょく私1人で解読を進めていて、やっと最後のページ、スタナの失踪後の事が記されたページに辿り着いた。

この時の私はスタナの動向も気になっているが、数ヶ月前の記述からよく出てくる「化け物」というものが気になって仕方がなかった。

手記の内容としては、外の大陸の人が「化け物」の…タネ?を集めて何処かに持ち去っているらしいけど…

その先を知るためにも、最後の記述を読み解こうとした時だった。

 

「レオナ!フレスさん‼︎

「おかえりオリ君。もうちょっとで全部解読できるから…」

「悪いけど、そんな事言ってられないんだ。今すぐ此処を離れないと…!」

「えっ⁉︎何があったの?」

「説明する時間も惜しいんだ、とにかく早く!」

 

外を見に行ったオリ君が血相を変えて戻ってきて、私とレオナに早くここを離れるように言ってきたのだ。

いくら私が理由を聞いてもオリ君からは時間が惜しいの一点張りで、何事かと飛び起きたレオナと私の手を掴んだオリ君は珍しく私たちに気遣う余裕も無いように外へと飛び出した。

オリ君に連れられるように外へ出ると森の方から気配を感じ、すぐ後に人間が数人森の中から現れた。

森の中から現れた人達は1人を除いて皆お揃いの白衣に身を包んでいた。

 

「ん?そこの子供…貴様、吸血鬼だな!その女性たちを放せ!」

「…ちっ…もう追いついて来ちゃったか…」

 

森から現れた人達は、私たちをフラウリアスから遠ざける事に必死でフードを被っていなかったオリ君を瞬時に吸血鬼と判断して、私とレオナを放すよう大声で警告しながらこちらに近づいて来た。

オリ君の反応を見るに、オリ君は彼らから遠ざかりたかったようだけど、彼らに何かあるのだろうか。

とにかく、オリ君は私たちを貶めようとしている訳では無い事を森から現れた人達に伝えて、せめて話を聞いて貰わなくては…

 

「あの、彼は確かに吸血鬼ですが、悪い魔物なんかじゃありません!信じられないかも知れないですけど…!」

「だから、普通の人間にそんな事言ってもムダだって…」

「ほう…では、その吸血鬼は君が使役しているのか。…ならば丁度良い。我々の実験に協力してもらおう」

「実験…?」

 

なんとか言葉で和解できないかと思った私が森から現れた人達に向かってオリ君は無害だと主張すると、理解などされる訳がないと言わんばかりにオリ君はため息を吐いく。

だが、向こうのリーダーと思しき男は多少解釈は違えど私の言葉を理解してくれたようで、興味深そうにオリ君を眺めたあと、私たちに何かの実験の協力を申し出てきた。

一体なにのどんな実験なのか分からない私が首を傾げると、リーダーと思しき男は後ろに控えていた顔に傷のある明らかに顔色の悪い男を私たちの前に突き出してきた。

 

「そら、やれ」

「…う…うぅ~……」

 

リーダーらしき男に突き出された男は明らかにフラフラしていて、一瞬覗いた瞳は全く焦点が合っていないように見えた。

そんな人を突き出して、一体何をしようと言うのだろう…

 

「待ってください!その人、明らかに顔色が悪いのにそんな乱暴な事しないでください!あの、大丈夫ですか…?」

「フレスさん、アイツに近付いたらダメだ‼︎

「うぅぅっ…ゔあ゛ぁ~…‼︎

「…えっ?」

 

突き出された男を心配した私はリーダーらしき男に怒りを露わにして、フラフラと膝をついた傷の男に近寄ろうとした。

だがオリ君は焦ったような声をあげて私の服を掴んで引き止めて来た。

そして、オリ君の行動を理解出来なかった私がオリ君の方を向こうとした時、倒れ込んだ男の口から乾いたような引きつった呻き声がして、私は再び男の方へ視線を向けた。

すると男は、今度は乾いた叫び声をあげて吐血し出した。

その次の瞬間、目を疑うような事が目の前で起こってしまった。

なんと、男の口から手首ほどの太さの触手が生えて来たのだ。

目の前で起こった出来事を理解しきれない私は、呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

だが、何故か私にはこの後起こるであろう事が分かった気がした。

 

「やっと芽生えたか。そのままあの吸血鬼を食らってしまえ!」

「…キキキキキ!」

「なっ⁉︎なぜこちらに…⁉︎ぐがぁ‼︎‼︎

「ひぃっ‼︎ぼ、暴走か⁉︎

 

男の口から触手が生えた事を確認したリーダーらしき男は驚きもせず、むしろ嬉しそうに笑うと触手にオリ君を襲うよう指示を出した。

…そんな事、コレが聞くはずが無いのに…

すると触手の先に口のような器官が現れ、まるで餌を見つけて笑うように歪むと、オリ君ではなく背後に立っていた白衣の集団に向かって一気に伸びて行き、リーダーらしき男の喉元に噛み付いた。

喉元に噛み付かれた男は一瞬だけ断末魔の悲鳴をあげると、一気に身体中の水分を抜かれたように萎んで砂と化してしまった。

それを見た他の白衣たちは一気に怯えだし、中には悲鳴をあげる者もいた。

リーダーらしき男を食らった触手は更に太くなって蔦を増やし、他の白衣の人達にも襲いかかる。

…こうなったら、コレはもう止まらない…

 

「…あっ…!いや…‼︎

「今のうちに逃げようフレスさん!…フレスさん?」

「フレス、どうしたの⁉︎早くしないと、私たちまで食べられてしまうわよ‼︎

 

今の自分たちにはどうする事も出来ないと判断したオリ君は今のうちに逃げようと言って私を引っ張ろうとする。

だが私の足は根が張ったように動かず、〈あの時〉のように目の前の光景を震えながら眺めていた。

そんな私には、オリ君とレオナの声など耳に入っていなかった。

 

ーーーーー

 

ースタナ、フレス…お前たちは逃げなさい!

ー嫌だ!父さんと母さんもいっしょに…!

ーきゃ~‼︎‼︎

ーあっ、お母さん…!

ーおのれ…‼︎

ー父さん⁉︎嫌だ、行かないで父さん‼︎父さーん‼︎‼︎

 

ーーーーー

 

…そうだ、これは…コイツは…‼︎

 

「…さない…」

「フレスさん?」

 

…思い出した。

フラウリアスが無くなった日の事も、あの化け物の事も。

フラウリアスの皆を、お父さんとお母さんを殺したあの魔物の事を、私がよく魘されてた悪夢の正体を。

あの日、あの化け物が私たち家族の幸せを奪った事を…!

 

「許さない…!これ以上、好き勝手になんかさせない‼︎

「うわっ!」

「なに、この風…⁉︎

 

あの最悪の日の出来事を思い出した私は腹の底から一気に溢れ出した怒りに任せ、集められるだけの周囲の風を一気に自分の周りに集める。

急に荒れたように私の周りに集まった風に圧倒されたオリ君は小さな悲鳴をあげ、レオナも訳が分からないなりに風に耐えるように身を低くした。

気が付けば白衣の集団は1人を除いて皆捕食されてしまっていた。

せめて、あの人だけでも助けたい…

これ以上、あの日の出来事を繰り返させたりはしない!

 

「荒れ狂う暴風よ、我の行手を阻む者を切り刻め…〈ミキスルイースト〉‼︎

私が集めた風は私の魔力と反応して一瞬緑色に輝くと、一気に触手の化け物を包み込み四方八方から化け物を切り刻んだ。

化け物は私の放ったミキスルイーストによって多くの触手を切り落とされたが、白衣の集団を捕食した養分ですぐさま再生してしまう。

 

「くっ…早く倒れてよ‼︎

「フレスさん、闇雲に魔法を撃ってもダメだよ!」

「あっ、オリ君…」

「落ち着いてフレスさん。あの魔物、ヘルプラントは養分切れにするか核を破壊しないと倒せないよ」

 

頭に血が上った私はフラウリアスを廃村にした化け物ヘルプラントに向かって立て続けに魔法を使おうとしたが、私が闇雲に魔法を使おうとしている事を察したオリくんに止められて少しだけ我に返る。

オリ君は私が話を聞ける程度には落ち着いた事を確認すると、私に言い聞かせるように、でも端的にヘルプラントの倒し方を口にする。

 

「フレスさん、さっきの魔法もう1回使う事はできる?」

「え、えぇ…できるけど…」

「それなら、僕がアイツの蔦を切って動きを鈍らせるから、フレスさんはさっきの魔法で人間だった部分をできるだけ細裂いて。残酷だけど、ヘルプラントに寄生されたらどんな生き物でも助からない。だから、これ以上犠牲を出さないためにも僕たちの手で終わらせよう」

「…分かったわ」

 

オリ君は私にもう1回ミキスルイーストが使える事を確認すると、自ら囮となってヘルプラントの戦力を削いで私の魔法で確実にトドメを刺す作戦を提案してきた。

口や胴体の至る所から蔦が生えているとはいえ人を魔法で切り刻む事に抵抗があった私は、さっきのミキスルイーストも蔦ばかりを切り裂いてた。

でもオリ君の言う通り、ああなってしまってはもう助からない事も理解できる…

だから私は意を決して、オリ君に向かって大きく頷いた。

 

「よし。それじゃあ、フレスさんは僕が合図したら全力でさっきの魔法を頼んだよ。レオナは、あの生き残りの人間を殺さないように捕獲しておいて。ヘルプラントに狙われると厄介だから、完全に獣化しちゃダメだよ」

「あの人間を生け捕りにすれば良いのね。分かったわ」

「それじゃあ、反撃開始だね」

 

オリ君から指示を出されたレオナは二つ返事で引き受け、半獣化して生き残っている男の方へと駆け出して行き、オリ君も持前の素早さと鋭い爪を駆使してヘルプラントに近づいて次々と蔦を切り裂いて行った。

言い方はともかくとして、オリ君の指示で生き残っていた白衣の男はレオナが保護する事になったので、私は自分の役目を全うするために再び周囲の風を集めてミキスルイーストの準備を始めた。

 

「まったく。こんな、面倒なヤツを…!わざわさ持って来て暴れさせるなんてっ!これだから人間の考える事は理解に苦しむよ!フレスさん、魔法の準備はできたかい⁉︎

「待って…もう少し、掛かりそう…」

「分かった。焦らなくて良いから、落ち着いて!」

 

悪態を吐きながらも器用に攻撃を避けながらヘルプラントの蔦を切り裂いていたオリ君は、蔦の半数ほどを引き裂いた辺りで私の魔法の進捗状況を訊ねてきた。

オリ君の方は粗方準備が出来たみたいだが、さっきの魔法で思いのほか魔力を使っていたせいで上手く風を集められずにいた私はオリ君に合わせる事が出来なかった。

自分のせいで足を引っ張っていると感じた私は急いで風を集めようとした。

それを見通したオリ君は落ち着かせるような優しい口調でそう私に言い聞かせると、ヘルプラントの攻撃が来ないよう私とヘルプラントの間に立ち、私を守るように戦ってくれた。

 

「オリ君、準備できたわ!」

「よし、それじゃあ……今だ、頼んだよ!」

「これで終わって…!ミキスルイースト‼︎

ーーキピィィー‼︎

 

オリ君の気遣いのおかげでなんとか落ち着いて魔法の準備を終えた私がオリ君に報せると、オリ君はタイミングを見計らって私に合図を送る。

私はその合図に合わせ、ヘルプラントを生やした男の身体部分に渾身の魔力を注ぎ込んだミキスルイーストを放った。

私の渾身の魔法をくらったヘルプラントは耳障りな甲高い音を立てて動かなくなり、やがて砂のようにサラサラと風に乗って崩れていった。

 

「ふぅ~。一時はどうなるかと思ったけど、なんとか倒せたね」

「…そうね」

 

ヘルプラントが砂に還った事を確認したオリ君は、達成感を感じさせるような明るい口調で私に声を掛けて来たが、私は素っ気なく一言返すことしか出来なかった。

故郷であるフラウリアスが魔物のせいで滅ぼされた事を思い出し、その原因となった魔物と対峙した事で私の心が揺れ動いていたのだ。

オリ君は私の態度の変化に気付いたのか少し笑顔を崩したが、すぐに何食わぬ表情を浮かべてレオナの方へと歩き出した。

 

「レオナ~、そっちはどうだい?」

「大丈夫よ。この通り、しっかり捕獲してるわ」

「ひぃ~‼︎た、頼む!謝るから、いっ命だけは…!」

 

オリ君に状況を聞かれたレオナは、組み敷いた男の上で自慢げに胸を張って答える。

半獣化したレオナに組み敷かれた男の方は、情けない声をあげながら命乞いをしていた。

 

「さてと、君にはいくつか聞きたい事があるんだけど…正直に答えないとどうなるか、分かるよね」

「わ、分かった!俺の知ってる事ならなんでも話す!だっだから、殺さないでくれ~‼︎

 

オリ君はレオナに組み敷かれた男の目の前にしゃがむと、いつもより低い声で男に話しかけて尋問を始めた。

オリ君のその声はまるで地を這うような恐怖を孕んだ声音で、すでに怯えていた男は更なる恐怖心を植え付けられたらしく、地面に顔面を押し付けながら全ての質問に答える事を約束した。

 

「よし。じゃあまずは、なんでヘルプラントの種を無理やりあの男に飲ませた?」

「えっ⁉︎あなた達があの人にバケモノの種を飲ませたの⁉︎どうして…!」

 

オリ君の最初の質問を聞いた私は耳を疑った。

おそらくオリ君は、私がスタナの手記を読んでいる間に別行動を取っていた時にその光景を目撃したのだろう。

だが、あんな危険な魔物の種を、しかも同じ人間が無理やり飲ませたということが信じられなかった。

彼らと出会った時の事やヘルプラントが男の身体から発芽した時のリーダーらしき男の反応を思い返せば、彼らがヘルプラントの種をあの男に飲ませた事は間違い無いのだろうが、なぜそんな事をしたのかが全く理解できない。

 

「ひっ!そ、そうだ…あの顔面に傷のあった男に、種を飲ませたのは俺たちだ。あっあの種は、俺たちが研究開発した試作品で…その結果がきちんと現れる事を確かめるための実験だったんだ!」

「人間の中でも最っ低ね。こんなヤツ、さっさと殺しちゃいましょ」

「や、やめてくれっ‼︎

「待つんだレオナ。まだコイツには聞きたい事が山のようにある。それに、同じ人間であるフレスさんの前で殺しちゃったら、フレスさんが可哀想だよ」

 

男がオリ君の質問に対して包み隠さず自分達の行った事を白状する。

男たちのあまりの非道さに呆れたレオナは冷たく呟くと、男の首元にその鋭い爪を突き立てようとしたが、まだ聞き出したい事があったオリ君によって止められた。

 

「それで?あの食人植物を使って、どんな研究をしてたんだい?」

「そ、それは…あの大食い植物の遺伝子を操作して、魔物だけを捕食するようにする研究だ…この研究が成功すれば、魔物の襲撃に怯えて暮らす事もなくなるし、集落を警備する兵士の数も減らせるから…」

「なるほどね。確かに人間を捕食しないヘルプラントができれば、君たち人間は魔物に襲われる心配が減って都合が良いもんね」

 

次にオリ君は男たちの行っていた研究について質問をすると、なんと男はヘルプラントの生態を変える研究をしていたと口走った。

それを聞いたオリ君は興味深そうに話しを聞いているが、生き物の本能的な部分を作り変えるなんてとんでもない事だ。

ましてや、あんなに酷くて恐ろしい生き物を作り変えるなんて…

考えただけでも嫌悪感が湧いてくる。

 

「生き物の生態を無理矢理変えるなんて…たとえあんな酷いバケモノでも、神さまでも無ければ許される事じゃ無いわ」

「…あんたも、アイツと同じ事を言うんだな」

「私以外にも、同じ事を言った人がいたの?」

 

私のつぶやきを聞いていた男は、以前にも誰かに同じ事を言われた事があるらしい事を言い出した。

彼の周りに私と同じ意見を持つ人物がいた事が意外で、私はつい男の話を聞き返していた。

 

「あぁ。つい数日前にうちの研究所に忍び込んだ男が、全く同じ事を言ってたよ。そういえばあんた、何処かで見た顔だな」

「こんな時にナンパなんて、案外肝が座ってるね。同じ人間であるフレスさんに取り入って逃してもらう算段かい?」

「ち、違う!そうじゃなくて…実際に会ったことは無いが、どこかで見た気が…」

 

私の問いに答えた男は、何を考えたのか私の事を知ってるような事を言い出し、私に慈悲を求めて助けて貰おうとしていると考えたオリ君に釘を刺された。

だが男は実際の面識は無いが私を見た事があると言い続け、まるで記憶を辿るように目を瞑り小声で唸りながら考える素振りを見せる。

それから男は、すぐに思い出したように「あっ!」と声を上げて口を開いた。

 

「そうだ!この前、研究所に忍び込んだ男が持ってた写真だ!」

「研究所に忍び込んだ男って、私と同じ事を言っていたっていう…」

「これまた怪しい事を言うね」

「う、嘘じゃない!そうだ、たしか俺の白衣の右ポケットに、その写真があるハズだ!!」

 

男の話では、以前彼らの研究所に忍び込んだ男が持っていた写真に私と似た人物が写っていたらしいが、男の話があまりにも上手く出来過ぎている事にさらに不信感を持ったオリ君は冷やかな目で男を睨む。

それでも男は嘘などついていないと必死に訴え、今ここに私に似た人物が写っている写真があると言い張った。

それを聞いた私とオリ君がお互いに目を合わせた後、レオナの方を向いたオリ君が素早く頭を右に降って無言の合図を送り、それを読み取ったレオナが男を組み敷きながら白衣の右ポケットを漁って写真を見つけてくれた。

 

「あったわ、コイツの言ってた写真。って、これ…本当にフレスとスタナじゃない?薄っすらとだけどスタナの匂いもするわ」

「えっ⁉︎レオナ、その写真ちょっと見せて!」

 

男の話など全く信じていなかった私たちだったが、写真を見たレオナも男と同じ事を口にしたうえにスタナの匂いまですると言いだした。

そのレオナの反応に驚いた私とオリ君もその写真が気になって、レオナから写真を受け取って確認してみる事にした。

 

「この写真、いつもスタナが仕事で出掛ける時に持って行ってる写真だわ!」

「それじゃあ、コイツらの研究所に忍び込んだっていう男はスタナさんだったって事か」

「なんであなたがこの写真を持っているの⁉︎スタナは、兄は無事なんでしょうね!」

「ぐぇっ…!ぐ、ぐるじ…」

「あ~あ~、フレスさん。スタナさんが心配なのは分かるけど、レオナが乗ってるのに襟元引っ張って持ち上げたら、コイツの首が絞まっちゃうよ」

「あっ…!」

 

思いがけぬところから突如出てきたスタナの明確な居場所と彼の身に危機が迫っているかもしれないという情報に冷静さを欠いた私は、両手で男の首元を掴み上げ勢い任せに怒鳴るように揺さぶりながら更に詳しい情報を聞き出そうとした。

しかし私のこの行動により、男は首が締まって返事もロクに出来ない状況に陥っていた。

私はスタナの事に夢中になりすぎて男の状態に気が付かず、オリ君に制止されて初めて現状に気が付き、慌てて男から手を離した。

首元を解放された男は咳き込ながらも必死に呼吸を繰り返した。

 

「げほ、ごぼ!…なるほど。あんた、あの男の妹だったのか…」

「それで、兄は無事なの⁉︎

「確証はないが、少なくとも俺が研究所を出るまでは生きてたし、殺してはいないと思う。魔道士なんて滅多に捕まらないから、上としちゃ殺しちまうより生かしたまま利用した方が良いって考えるだろうしな…」

「なるほど、人間の中でもしぶとくて強い魔道士なら殺すより実験体にでもした方が活用できる訳だし、捕虜の扱いとしては妥当だね」

「どのみちスタナが危ないって事じゃない!急いでスタナの所に行かないと…!」

「ちょっと待ちな、嬢ちゃん!ちょっと俺の話を聞いてくれて」

 

男の証言からスタナが生きている可能性は高そうだ。

だが、いつあの実験の材料にされてしまうか分からない状況に焦った私は、そのままの勢いで次の目的地に向かおうとしたが、レオナに組み敷かれている男に話しかけられて足を止めた。

 

「なに、まだ何かあるんですか?こっちは急いで…!」

「それはそうだが…あんた、俺たちの研究所の場所なんて知ってるのか?」

「あ、それは…」

 

男が投げかけてきた質問にハッとした私は、返す言葉も見つからなかった。

スタナの状況はおおよそ分かったが、肝心の居場所がまったく分かっていなかった事に、私は全く気付いていなかったのだ。

 

「それにだ。たとえ研究所に辿り着いたとしても、あの施設のセキュリティを掻い潜りながらあの男を見つけられるのか?」

「うっ…」

「そこでだ。俺がカナディッチの研究所に連れて行ってやる。もちろん、あんたの兄貴の救出までだ。その代わりに、研究所を裏切った俺を安全な場所まで守ってほしい。どうだ、悪くない条件だろ?」

 

確かに男の意見はもっともだし、悪い条件では無さそうであった。

そして、私にとっては違う意味でも都合の良い提案だった。

 

「…分かったわ。あなたの提案をのみます。でも、一緒に行くのは私だけです」

「え…?」

「フレスさん1人で行く気なのかい?」

 

私の発言に、てっきり自分たちも行くのだと思っていたオリ君とレオナは揃って不思議そうに私を見てきた。

2人の気持ちも分からなくはないけど、今のわたしにはこれだけ仲良くしてくれているオリ君とレオナでさえも、彼らも魔物というだけで信じる事ができなくなっていた。

 

「フレス、本気なの?」

「こんな得体の知れない男と2人だけなんて、それこそ危ないよ」

「そ、そうかも知れないけど…で、でも、カナディッチに行くには船に乗らないといけないわ!そうなると身分を証明する物も要るし。それに、仮に忍び込んだとしても船の中で見つかったら、私も2人を助けられないもの」

「ふ~ん…」

 

私は2人の質問に対して、少ししどろもどろになりながらも〈それらしい理由〉を並べた。

それを聞いたオリ君は小さく相槌を口にしながら、私の目をしっかりと見つめてくる。

その視線につい顔を逸らしそうになったが、それこそ2人に怪しまれてしまうと思った私は内心で必死にオリ君の顔を見つめ続けた。

しばらくお互い無言で見つめ合っていたが、ふとオリ君が大きなため息を吐きながら話始めた。

 

「はぁ、分かったよ。確かに、海の上を走る船の中で魔物だってバレたら、僕らも逃げ場が無いしね。仕方ない、帰ろうレオナ」

「オリ、良いの?」

「うん。これ以上はフレスさんの邪魔になっちゃうからね」

「分かったわ」

 

どうやらオリ君は私の言い分を理解してくれたようで、レオナを連れてヴァンガルトに帰ろうと私に背を向けた。

それを聞いたレオナは一回だけオリ君にそれで良いのかと聞き返す。

だけどオリ君の返事に納得したようで、チラッと私を見てから今まで組み敷いていた男の上から退こうとしたが、何かを思い出したオリ君がレオナを止めた。

 

「あ、ちょっと待つんだレオナ。帰る前に、その男はちゃんと〈処理〉しないと」

「それもそうね。下手に私たちの事を覚えられてても困るし」

「それじゃあ、サクッと終わらせよう」

「ひぃっ!何をするんだ!?や、やめろ!あんた、コイツらを止めてくれ!!」

「えぇっと…多分、殺されはしないので」

「アンタ正気か!?」

 

どうやらオリ君は、男の記憶からオリ君とレオナの正体を抹消するために吸血する事を忘れていたらしい。

何をされるのかは分かっていないながらも身の危険を感じ取った男は必死に私に助けを求めて来た。

だが私は、以前と同じならちょっと血を吸われるだけで終わると知っていたから、あえて男の頼みを無視して男から視線を逸らす。

私の反応から見捨てられたと思った男は力の限り叫んで暴れたが、オリ君が噛みついた途端に静かになり、ものの数分でオリ君から解放されて地べたにパタリと倒れた。

男の血を堪能したオリ君は舌舐めずりして、どこか満足そうな顔をして男から離れる。

ちょっとこの男が可哀想とも思ったけど、私としても魔物と繋がりがある事を利用されてやりたくもない事をさせられたくはない。

 

「これでこの男は僕たちの事を忘れて、フレスさん1人に助けられたと思い込ませておいたよ。それじゃあフレスさん、短い旅だったけど楽しかったよ。早くスタナさんが見つかると良いね」

「そうね。ありがとう」

 

男から離れたオリ君は、男の記憶をどう変えたのかを私に手短に説明すると、別れの挨拶を口にしてからレオナを連れてヴァンガルトへと帰って行った。

オリ君とともにヴァンガルトに帰ることになったレオナは、オリ君の後に付いて行きながらも私の方を何度も振り返る。

きっとレオナが何度も私を振り返って見るのは、なぜ自分たちだけ旅を終えることになったのかまだ理解出来ていないからだろう。

私は魔物という存在に不信感を抱いているにもかかわらず、彼女の控えめだけど無邪気な反応に心を突かれたような苦しい気持ちになった。

だけど私はそれらを極力顔に出さず、2人の姿が見えなくなるまで軽く笑みを作って小さく手を振り続けた。

その後私は、自分の生家で男が目を覚ますのを待ってからカナディッチに向かうため、男と共に港へと向かって行った。