第8.5話「オリが見たもの」


フレスとレオナを残して1人森に入ったオリは、気になる気配のする方へと走っていた。

現在この大陸で人間が住んでいるのはモコディアが最南端で、その更に南に位置するこの辺りには人など住んでいないはずだが、何故か南の方から人間が複数人こちらに向かっている気配を感じ取ったのだ。

今フレスが探しているスタナの可能性もあったが、気配に近づくほど彼では無い別の人間たちだと分かり、なおの事不信感が増す。

 

「この森の向こうは海だけど、港なんて100年以上前に無くなってるし…いったい何しに来たのやら」

 

過去にはこの森を抜けた先に港もあったのだが、随分前に無くなって以来人間など他の大陸から漂着した死人くらいなものなのだ。

そんな方から人間が複数やってくるなど、オリでなくとも不審に思うだろう。

オリの脚で10分ほど、人間の脚なら30分ほどの距離を進んだ頃になると、人間個々の気配が分かるようになり微かに話し声も聞こえて来たので、オリは近くの木の陰に身を隠し気配を消しながら更に不審な人間たちに近づく。

すると程なくして海の方から来た人間たちの姿が見え、会話も鮮明に聞こえて来た。

 

「…いよいよだな」

「チーフ…本当にやるんですか?」

「当たり前だ。この実験が成功すれば、我々人類は魔物に怯えて暮らす必要が無くなるかもしれないんだぞ」

 

(実験…?いったい何をやらかそうっていうのかな)

 

現れたのは、膝丈ほどの白衣を着込んだ者が4人と右目に大きな傷の付いた男1人の計5人。

だが、普通なら白衣4人の護衛に傷の男が付いている形だろうが、何故か傷の男は両手を後ろ手で縛られていて、その縄の先を1人の白衣がしっかりと握っている。

更に目を凝らすと、傷の男は何かに怯えたように小刻みに震えていた。

見ればいるほど変な集団に、オリも思わず首を捻る。

だが次の瞬間、オリは戦慄することとなった。

 

「さてと、コイツにあの種を飲ませろ」

「はい」

「や、やめろ!そんなバケモノの種なんて飲めるか‼︎

「この種で育つヘルプラントは、人間は襲わず魔物のみを捕食する。君はこの偉大なる研究に参加でき、さらにはヘルプラントの能力も手に入れられるんだ。こんなに素晴らしい事はないだろう」

「嫌だ!離せ~‼︎

 

(ヘルプラントだって⁉︎

 

ヘルプラントとは主に森林地帯にいる魔物だが、その生態は魔物の中でも群を抜いて凶悪な事で知られる最悪の魔物だ。

この魔物は繁殖期になると種族を問わず生きた生物に種子を植え付け、肉体の養分を吸収しつつ操って次の捕食対象に近づき襲い食うというとんでもない繁殖方法をするのだ。

しかも成熟するまでに膨大な養分を必要とするため、人間の集落や魔物の集団を襲って壊滅させるなどという事も過去に起こっている。

この白衣たちは、そんな危険な種をあの男に飲ませようとしているのだ。

それこそ正気の沙汰ではない。

 

「対象が種子を拒否、開口器による強制投与を提案します」

「許可しよう」

「やめろ!やめっ…んがっ…あっ!あぁぁああぁ~‼︎っかは…!」

 

白衣の集団は頑なに種を拒む男の口を器具で無理やり開き、強制的に飲ませてしまった。

男は種を飲み込んだ直後に断末魔の悲鳴をあげ、その後は俯むき全く動かなくなった。

 

「対象が種子を飲み下した事を確認。意識はあるものの、反応はナシ」

「我々を襲ってくる様子もありません」

「よし、では次の段階へ移行しよう。このまま北の廃村まで連れて行くぞ」

 

(これはマズい…!早く2人を逃がさないと‼︎

 

あまりの光景に目を見張っていたオリだったが、この白衣の集団はヘルプラントが寄生した男をフレスとレオナがいるフラウリアスへ連れて行こうとしている事が分かると、白衣の集団に見つからないよう急ぎ元来た道を引き返した。

あんなモノがもし暴れ出したら、オリだけならともかくフレスとレオナは確実に殺されてしまうだろう。

たとえあの白衣たちが言うように人間は襲わなかったとしても、孫娘のように可愛がっているワーウルフのレオナは間違いなく犠牲になってしまう。

 

「まったく、とんでもないモノを見たもんだ…早く2人を逃して、あのバケモノを潰す算段を立てないと!」

 

珍しく焦るオリは全速力でフラウリアスへと引き返す。

タイムリミットはおそらくフラウリアスに戻ってから20分ほどしかない。

それまでに2人を逃がすことができなければ、最悪自分たちは皆殺しにさたうえにこの辺りの生態系がメチャクチャになってしまう。

そんな事はさせまいとオリは必死に森を走り抜ける。

どうか、あの白衣の集団と上手く入れ違って逃げられるようにと願いながら。