第4話「首都 グリンフィール」


 

ここは世界の中心〈帝都グリンフィール〉。
人間が生活している土地の中で最大の大きさと力を持つ都市で、皇帝の住まう王城や魔物撲滅をうたう世界的な宗教団体〈アルメリス教団〉の本部があり、世界一安全な都市とも言われている。

「ねぇ、これなんかどうかしら」
「いや、俺だけならともかく、今のフレスにはまだ…」

今私たちは、アルメリス教団が斡旋している依頼が張り出された掲示板の前で次に受ける仕事を吟味していた。
地方の小さな集落であるハンティス村での収入だけでも普段の生活は出来る。

だが、武器の手入れや大怪我をした時の治療費までは賄えないため、こうやって定期的に教団やギルドの仕事も受けているのだ、が…

「じゃあ、この荷馬車の護衛はどう?」
「エミュールノーツの魔物は厄介なのが多いからなぁ…」
「ねぇスタナ、いくらなんでも、また逃げ出したペットや家畜の捜索なんて嫌よ」

毎度の事ながら、私が選ぶ仕事の大半をスタナが渋って反対するため、なかなか受ける仕事が決まらないのだ。
まだまだ未熟な私を心配してくれてる事は分かるが、私は迷子の動物を探すために魔道士になったのではない。
いい加減嫌気が挿してきた時、背後から少女のか細い声に呼びかけられて振り返った。

「あっ…スタナさん、それにフレスさんも…お久しぶりです」
「イル!久しぶりね」
「よう、仕事にも慣れてきたみたいだな」
「は、はい!でも、まだまだ分からないとだらけで・・・」

彼女はイル=セイレイン。
私たち兄妹と同じ孤児院で育った幼馴染で、今はここアルメリス教団の依頼斡旋部で働いている。
胸まで伸びたクセの無い緑色の髪を左サイドだけ三つ編みにした、とても内気な少女だ。
どうやらスタナはイルもこの場にいる事に気付いていたようで、軽く彼女の仕事ぶりを評価しながら話しかけていた。

 

ひさしぶりの対面に喜びながらお互いの近況を少し話あっていると、ふと思い出したように彼女がある言葉を口にした。

「あ、そういえば…またフェミさんがスタナさんを呼んでいましたよ」
「うげ、フェミリアからか…」

その一言を聞いたスタナは一気に嫌そうな顔つきで猫背になり、そんなスタナを見たイルは慌てた様にオドオドしだす。
フェミさん、もといフェミリアさんは、よく指名でスタナに仕事を依頼してくれるお得意様…なのだが、なぜかスタナは彼女からの依頼があると聞くと心底嫌そうな反応をする。
実際受けた仕事内容を聞いてみると、教団からの正規の仕事で保障も待遇も悪くない。
さらに言えば、こちらから依頼を断ることも出来るのに、結局いつも依頼を引き受けているのだから不思議で仕方がない。

「あいつ、こっちが断れねぇように依頼入れてくるんだよなぁ…」
「なんだか、いつも嫌な思いをさせてしまってるみたいで、すみません。でも、フェミさんもスタナさんの事を頼りにしているんだと思うんです。だから…」
「うわっ!?わ、分かった、ちゃんとフェミリアんとこ寄って行くから、そんな泣きそうな声出すなって」

あからさまに嫌そうな態度をとるスタナを見ていたイルが悲しそうに呟くと、今度はスタナが慌ててイルを慰め、片手で頭を掻きながら教団本部の奥に消えて行った。
イルは、私たちと幼馴染みという事で度々上司の団員からの伝言を頼まれるようだが、その度にあのような態度を取られれば泣きたくもなるだろう。
それなのに謝りもしないでそそくさと行ってしまうなんて…

「もうスタナったら失礼なんだから…!」
「あの、フレスさん…元々スタナさんは正直な方ですし、あまり責めないであげてください」

 

 

 

あんな態度をとられても嫌味など言わず、さらには彼をかばう幼馴染みの健気さに感服してしまう。
ずっと彼と一緒に育ってお互い遠慮というものがあまりないせいか、私だったらこんな人が多い場所じゃなかったら一発くらい叩くか殴るかしてしまうだろう。
いや、やはり納得がいかないので帰ったら一発くらいビンタしておこう。

「あの、フレスさんはこの後なにか予定とかってありますか…?良いお店を教えてもらったんですけど、一人では行けなくて…」
「そうね、スタナが戻るまでは特に何もないし行きましょう」
「あ、ありがとうございます!すぐ、着替えてきますね」

彼女の方から誘いを持ちかけてくるのは珍しく、私は二つ返事で誘いを受けた。
すると彼女は先ほどまで曇りがちだった表情を一気に明るくして教団の寮がある方へと駆けて行ってしまった。
しばらくその場で待っていると、フリルが可愛いらしいスカートをなびかせたイルが戻って来たので、彼女の案内でグリンフィール中層街の商業区へと向かった。

「あ、ここです。ここの日替わりケーキとお茶のセットが絶品らしいんです」

彼女が教えてもらったというその店は少々奥まった場所にあったが、かなり人気があるようで屋外や二階のバルコニー席にまで多くの人が優雅な午後のひと時を楽しんでいる。
どのテーブルを見ても複数人で座っており、皆カップルや友人と来ているようだった。
たしかに、内気で気の弱い彼女がこの店に一人で入るのはかなりハードルが高そうだと思った。

 

店の中に入るとタイミングよく席が空いたらしく、心地よい日差しがそそぐベランダの席に案内され、程なくしてケーキとお茶が運ばれてきた。

「わ~、果物がたくさん!」
「やっぱり、フレスさんは運が良いですよね。シオラちゃんが、ここのフルーツタルトはグリンフィールいち美味しいけど、月に数回しか出なくてなかなか食べられないって言ってました」

フルーツタルトならば季節の果物を頂いた時などに自分で作ったりもするが、様々な果物がこぼれそうなほど乗っているものは初めて見た。
しかも、その果物の一つ一つがまるで宝石のようにキラキラと輝いており、一口頬張れは程よい酸味と控えめな甘さが口いっぱいに広がり思わず笑顔がこぼれてしまう。
それを一口頬張ったイルも、満面の笑みを浮かべながら空いた片手を頬に当てていた。

「大通りの軽食屋ならよく立ち寄ってたけど、ほんの少し奥に行っただけでこんなに良いお店があったのね」
「そうですね。定番のケーキなら持ち帰りもできるみたいですし、シオラちゃんに買っていこうかな…」
「そうね、こんなに良いお店を教えてもらったお礼に良いかもね。わたしも、あれだけ嫌がりながらも依頼を受けに行ったスタナに一つくらい買っていこうかな」

どうやらイルは、この店を教えてくれた〈シオラちゃん〉という人にケーキを買って行きたいようで、定番のケーキが書かれたお品書きと睨めっこを始めた。
内気で友達もそこまで多くない彼女が教団の寮で一人暮らしをすると聞いた時はスタナと共に心配したが、仲の良い友人ができたようで一安心だ。

 

 

 

お互いお土産に買うケーキを決めてお会計に向かうと、カウンターには入店した時とは明らかに違う不穏な空気が流れていた。

「これだけ繁盛してんだ、少しくらい良いだろ」
「そんな…他のお客様に示しの付かないような事は…」

どうやらガラの悪そうな男数人がなにやら店員の女性を困らせているようだ。
見るからに男たちの方が店側に迷惑な行為をしているようだが、私の後ろに隠れているイルのように男たちの厳つい風貌が怖いのか、はたまた余計な事に巻き込まれたくないのか、客も他の店員すらも女性を助けに入ろうとしない。

「イル、ちょっとここで待ってて。店員さん、すみませんが彼女の事おねがいします」
「え?あ、お客様危ないですよ!?」
「フレスさん!」

楽しいひと時に水をさされた私は、近くにいた男性店員にイルを預けてガラの悪い男たちと女性店員の方に向かった。
後ろからイルと男性店員の止める声が聞こえたが、久々に会った幼馴染みとの大切な時間を台無しにした男たちに文句のひとつも言わなければ収まらない。

「あぁ?なんだテメェ」
「俺らは今取り込み中なんだ。ケガしたくなかったらすっこんでろ!」
「それならせめて表でやってください。お店にいる人たち全員の迷惑です」
「あんだとぉ!?」

彼らに近づく私に気付いた二人の男が口々に暴言を吐くが、私も臆せず出来るだけ淡々とした口調で言い返す。
すると男たちの視線が一気に私に集まり、周りの客たちは小さくどよめきだした。
傍から見たらきっと、私が無謀な喧嘩を売ったように見えるのだろう。

「どうやら、痛い目に合わないと分からないらしいな…!」
「やるなら表に出ましょう。こんな素敵なお店に傷なんか付けたくないですから」
「上等だ。女だからって手加減してもらえるなんて思うなよ」

そう言って男たちは全員私と共に大人しく表へと出た。

 

思ったとおり、彼らは私が女だからと高を括っているようで、中には笑みを浮かべながら下品な笑い声をあげる者までいる。
だが私からすると、大した武器も持たず機能性も考えないで無駄に付けた張りぼて筋肉をチラつかせる男たちなどより、スタナやヴァンガルトのゴブリンたちの方がよほど強いと分かってしまう。
それ以前に、これ見よがしにローブと杖を見せて〈魔道士ですアピール〉をしている私を見ても誰一人注意して観察しようとしないなんて、危機感が無いにも程がある。

「どうした、今更ビビッてんのかぁ?」
「さっさと来いよ、最初の一撃くらいは受けてやるからよぉ」
「分かりました。後悔しないでください…ね!」

完全にナメてかかる男たちは、ゲラゲラと笑いながら先手までくれるらしい。
いい加減彼らの態度に嫌気がさしてきた私は、魔力を込めた杖を勢いよく振った。
すると杖の先から頭ほどの空気の玉が飛び出し、正面に立っていた男をいとも簡単に吹き飛ばす。
その光景を目にした他の男たちは一斉に黙り込み表情が青ざめていく。

「こ、こいつ・・・魔道士か!?」
「待て。まっ魔道士っていってもたかが女一人だ、狼狽えるんじゃねぇ!」

魔法による空気砲、エアショットをくらうまで本当に魔道士が相手だと気づいていなかったとは…
ここまでくると流石に呆れ返ってしまう。
やっと本気を出した男たちが一斉に殴りかかってくる。
が、攻撃の息もバラバラで無駄な筋肉によって鈍重にしか動けない男たちの攻撃などあっさりと避け、がら空きになった背中を丁寧に杖で叩き付けて地に伏せていく。
正直なところ彼らよりも、ほぼ毎日不意に飛び掛かってくる兄一人を張り倒す方がよほど大変だ。

 

しばらく男たちの相手をしていると、大通りに続く道の方から足並みの揃った革靴の音と大きくとおった女性の声が辺りに響き渡った。

「おやめなさい!我々はアルメリス教団、戦闘部隊のものです。争いをやめ、武器を収めなさい」

すると教団戦闘員を現す黒い制服を着込んだ一団が現れ、私と男たちを囲む。
誰かが教団に通報してくれたらしく、私は長い水色の髪をピンク色のリボンで束ねた隊長と思しき女性の警告通り杖をしまった。

「フェミさん…!よかった、来てくださったんですね」
「イル、無事で何よりです。ですが、今回は私の執務室に直接連絡を入れるのではなく、教団の警ら隊に連絡を入れるべきですよ」
「うぅ、すみません…」

どうやら通報してくれたのはイルで、スタナのお得意様でもあるフェミさんが自ら来てくれたようだ。
イルから大方の話は通っているらしく、本来ならば私も事情聴取のために教団に連行されるところをいくつかその場で質問されただけで解放された。

「お久しぶりですねフレスさん。しばらく見ない間に貴女も立派な魔道士になられたようですね」
「いえ、そんなことは・・・」
「ですが、あんなに大勢の男たちに一人で立ち向かうなんて・・・お兄様に似て勇敢な事は認めますが、ご自身の身の安全も考えてください。貴女に何かあっては、イルやスタナさんが悲しみますよ」

フェミさんから直々に褒められて少し照れくさく思ったが、間髪入れずに今回の行動を注意され「すいませんでした…」と頭を下げた。
だが、彼女が最後に発した一言を脳内で復唱した時、ふと嫌な予感が頭をよぎった。
私とイルがこの店に来る前に分かれたスタナは、今目の前にいるフェミさんのところへ行っていたのだ。
ここまで分かれば、この後起こる事も容易に想像が付く。

 

 

 

「フ~レスぅ~!!!」
「もう…!心配するのは分かるけど、人前で背後から飛びつくのはやめてって言ってるじゃない!!」
「ぐふぁ…!」

予想どおり、今回の騒動に私も巻き込まれたとでも聞いて心配したスタナが、これまた想像通りに背後から飛びついて来たのでタイミングを合わせて思い切り肘鉄をかます。
飛び掛かってきたスタナの方は、自分でつけた勢いで少し姿勢を低くした私の背中を通り越し、一回転しながら思い切り背中を叩きつけて悶絶していた。
それでも「さすが、俺の妹…」などと言っているから、このまま放っておいても大丈夫だろう。

「相変わらずの度を越えた愛情表現ですわね」
「これさえなければ、本当にいい兄なんですけど…」
「ですが、もしかしたらスタナさんなりにフレスさんの護身訓練としてやっているのかもしれませんよ」

こんな兄を見ても、まるで聖母や女神のような笑みを浮かべながらこんな事を言えるフェミさんの考え方はやはりすごいと思う。
教団の幹部候補にしてかなり熱心なアルメリス教の信者である彼女からすると、彼の奇行も意味があってやっているように見えるらしく「仲がよろしくて微笑ましいですわ」なんて言ってのけてしまう。
本当に意図があってやっているのかは怪しいが、おかげでその辺のゴロツキなどには負けない程度の身体能力が備わった事には変わりないので、ほんの少しの感謝を込めて彼の背中をさすってあげた。
その後、店員を助けたお礼にと大きなホールケーキを頂いたのだが、食べきれないので半分をイルにあげてハンティス村への帰路についた。

 

 

 

家につくと、もうすぐ日が暮れるというのに玄関の前にオリ君とレオナが立っていた。
二人とはヴァンガルト城に招待された後も何度かお茶や食事をしていたが、こんな遅くに来ているのは珍しい。

「あら、二人ともこんばんは」
「夕方来るなんて珍しいな」

何やら話し込んでいた様子の二人に私たちが声をかけると、向こうもこちらに気付いて歩み寄って来た。

「フレスさん、それにスタナさんもこんばんは。入れ違にならなくて良かったよ」

オリ君はいつも通りの礼儀正しい挨拶を、レオナは挨拶の代わりに軽く頭を下げて返事をした。

「今日は二人にお願いがあって来たんだけど、明日1日レオナを預かってもらえないかな?地方の吸血鬼たちの様子を見に行かないとならないんだけど、ハンクたちがいる城よりもここの方がレオナには居心地が良いんじゃないかと思うんだ」

なるほど、たしかに以前レオナはオリ君以外の吸血鬼とはあまり仲が良くないと言っていたし、あの戦闘狂なハンクさんより私たちの所の方が安心ということだろう。

「俺は明日からしばらく出ちまうけど、大丈夫か?」
「私は全然平気。むしろ一人でいるよりずっと良いわ」
「ありがとう、助かるよ。二人とも帰って来たばかりで疲れてるだろうから、今日はこれで失礼するよ。行こう、レオナ」

恐らくフェミさんからの依頼でスタナはしばらく出かける事になったようだが、それならそれでレオナといた方が楽しいと思った私はすぐさま了承した。
私の返事を聞いたオリ君は軽く微笑み、その奥で緊張したように立っていたレオナも小さく息を吐いて肩の力を抜いた。
そして二人は、帰って来たばかりの私たちを気遣って早々に立ち去ってしまった。

 

 

 

その日の晩、また例の悪夢にうなされて目を覚ましてしまった。
度々スタナは遠くに遠征する依頼を受けて家を空け、その度に心なしか寂しく思うので、きっとその寂しさからうなされたのだろうと言い聞かせて再度眠りについた。
翌日も、いつも通りに出て行った兄をいつも通りに見送った。
この時の私はまだ、数日もすればいつも通りの賑やかな我が家に戻ると信じて疑わなかった。
まさか、あの兄が行方不明になるなど全く思っていなかった。