第2話「ヴァンガルト樹海」


 

翌日、私とスタナはゴブリン討伐のために樹海へ向かった。

「そういえば、昨日はどの辺にゴブリンがいたんだ?」
「彼らの本来の住処と樹海の入口の中間辺りを、集団で移動してるみたいだったわ。先月はもっと奥にいたのに…」

ヴァンガルト樹海。
この樹海の奥には吸血鬼が住むと言われており、いつもならゴブリンは樹海の中腹に生息している。
だが、そのゴブリンたちがこのところ私たちの住む家やハンティス村のある森の入口の方に集団で移動しているようだった。

「そうなると、ゴブたちのテリトリーに他の魔物が来て住処取られたから移動してるのかもな」
「やっぱり、ゴブリン以外とも戦うことになるのかな…」

ゴブリン以外の魔物がいるであろうことは予想していた。
だが、私よりも実戦経験が豊富なスタナが言うと現実味が増して少し不安になる。
一方スタナの方は「なんとかなるって」と言って楽観的な様子だ。

私たちが樹海に入って数十分ほど歩いた頃、早速ゴブリンの集団に出くわした。

「うわっ、こんな入り口近くまで来てんのかよ⁉︎」
「昨日はもっと先の方にいたのに…!本当に住処を取られちゃったのかしら」
「とにかく、サッサと蹴散らすか。ゴブ7体なら俺1人でもたおせるから、フレスは周囲の警戒を頼むぜ!」
「分かったわ。スタナも油断しないで」

 

 

 

 スタナは私に軽く指示を出すと、腰に下げていた長剣を抜きながらゴブリンたちのもとへ走って行き、一番近くにいた1体を斬り伏せる。
仲間を倒されたゴブリンたちは、スタナを取り囲むように一斉攻撃を仕掛けてきた。
攻撃を仕掛けられたスタナの方は全く動じず、それどころか口角をつり上げて笑っていた。

「思った通りに来やがったな!雷の刃を受けてみろ、スパークラッシュ‼︎」

スパークラッシュという技は、武器に雷の属性を加えて相手を素早く斬り付ける魔術だ。
スタナはスパークラッシュで襲い掛かってきたゴブリンたちをあっという間に殲滅してしまった。

「よし、終わりっと」
「相変わらずスタナの魔法はすごいわね。いくらスパークラッシュが低級魔術でも、普通なら3連撃くらいの技を6連撃にして使うんだもの」
「へへ、こんなん大した事じゃねぇよ」

大した事無いと言いながらも、スタナはすごく嬉しそうに笑っていた。
足取りも軽そうで上機嫌のようだ。

「とにかく、もっと奥に行ってみようぜ」
「そうね。この辺りにはもう魔物はいないみたいだし、先に行ってみましょう」

周囲に魔物がいない事を確認した私は、スタナの言う通りさらに奥へと向かう事にした。その後も何度かゴブリンの大群と戦闘になりながら、彼らの本来の住処が存在する樹海の中腹にやって来た。
普段ならこの辺りに来て初めて彼らのギシャギシャという鳴き声がこだましたり、大群に襲われたりする。
だが今は彼らの姿もあの奇怪な鳴き声すらも聞こえない。

「これ、マジで住処取られたっぽいな…」
「一応この辺りで生活していた痕跡はあるけど、ここ最近は使われていないみたい」

付近には焚き火の跡や生き物の骨が転がっているが、ここ数日は使われていないようだ。
もう少し詳しく調べようとしたその時…

ーギーー‼︎ー

突然樹海の方から、耳をつんざくような奇声が響き渡った。

「なんなの、今の鳥みたいな鳴き声…!」
「フレスは初めて聞くのか。あの鳴き声はグリフィンだな」

グリフィンとは、獣と猛禽類を掛け合わせたような姿をした大型の魔物だ。
知能はあまり無いらしいが気性が荒く空も飛べるため、魔物狩りをする人々には少々厄介がられている。

「けっこう近そうだし、ゴブリン大移動の原因かも知れねぇから行ってみようぜ」

そう言うとスタナは鳴き声が聞こえた方に向かって走り出し、私も後を追うように駆け出した。

 

スタナを追って更に奥に向かう最中に、多くの動物たちとすれ違った。
どの動物も逃げることに必死なようで、その姿をさらしながら鳴き声とは反対の方へと走り去って行く。
こんなに多くの野生動物が人間から隠れようともせずに逃げ惑うなんて、この奥にいるであろうグリフィンという魔物はそんなに怖ろしく狂暴な魔物なのだろうか。

動物たちとすれ違い更に奥へと進むと、樹海の少し開けた場所に出た。
そこにはスタナが言っていたグリフィンがいた。
グリフィンは大の大人5人分ほどの大きさがあり、まるで鷹のような鋭い前足で半獣姿のワーウルフの少女をからかうように攻撃していた。
あの少女の2つに束ねられた綺麗な金色の髪に、私たちは見覚えがあった。

「あのワーウルフの子、もしかして…」
「おい、レオナじゃないか⁉︎」

ワーウルフの少女は私たちの声に驚いたのか、私たちとグリフィンの双方から遠ざかるように一気に飛び退いた。
狼の耳や尻尾が生えてはいるが、やはりこのワーウルフの少女はレオナさんだった。

「こんの鳥ヤロウ、レオナ虐めてんじゃねぇ‼︎」
「あ、ちょっとスタナ!」

グリフィンに攻撃されていたのがレオナさんだと知ったスタナは、一目散にグリフィンに殴り込みに入っていく。
が、グリフィンはその翼を使って高く飛び上がってしまい、スタナの剣が届くことはなかった。
スタナは「降りてきやがれ!」などと怒鳴り散らしているけど、さすがに怒鳴ったくらいで降りてくるほど魔物だってバカではない。
それでも、ちょうど良く彼がグリフィンの注意を引き付けているので、その間に私はレオナさんに声をかけた。

 

 

 

「レオナさん、大丈夫?怪我とかしてない?」
「怪我はしてないわ。それより、なんで2人がここにいるの?それに、なんで人間のあなたが魔物である私の心配なんてするの?」

話はできるみたいだけど、レオナさんはその長い爪を構えて私たちの事も警戒しているようだ。
どうやら、人間と魔物の間にできた溝は、私が思っていた以上に深いらしい。

「昨日も言ったけど、私たちは害が無ければ魔物だからって敵対したりしないわ。ここへは昨日の仕事の続きで、ゴブリンたちが集団移動している原因を突き止めに来たの」

私は彼女への敵意が無いことと、ここへ来た訳を手短に話した。
レオナさんはにわかには信じ難いといった表情で私を見つめ返してくるが、私は構わず話を続ける。

「おそらく、ゴブリンの集団移動はあのグリフィンが原因だと思うの。敵が同じなら、私たちに力を貸してくれないかしら?」
「…いいわ。私もやられてばかりは嫌だし、協力する」

一通り話を聞いたレオナさんは少し考える素振りを見せたが、どうやら協力してくれるようだ。
レオナさんが加わって戦力が上がったのは嬉しいが、おそらくワーウルフは接近戦が主体だろうから、私の魔法で1度グリフィンを落とす必要がある。
私が魔法を練ろうとした時、私の背後から1本の矢がグリフィンの方へ勢い良く飛んでいった。
その矢はグリフィンに向かうように…

 

 

 

「あっ!スタナ後ろ‼︎」
「後ろ?…って、うわ‼︎なんで矢が⁉︎」

グリフィンに向かうように見せかけてスタナの方に急降下し、スタナの顔を掠めるように飛んで行った。
私にはしっかり見えた。
あの矢がスタナの髪をいくらか拐っていく様が…
矢の飛んで来た方を見ると、そこには弓を構えながら眉間にシワをよせたレオナさんの姿があった。

「おい、今の矢は何なんだ⁉︎」
「レオナさん、今のは…」
「わ、わざとじゃないわ!ちょっと手元が狂っただけよ!」

そう言うとレオナさんはそっぽを向いてしまった。
どうやら彼女は弓を扱えるようだが、腕はあまり良くないらしい。

「えぇっと…弓は少し危なそうだから、レオナさんはスタナといっしょに接近戦で攻撃してもらえるかしら?グリフィンは私の魔法で落とすから」

このまま彼女を放っておいたら主にスタナが余計な怪我をしそうだと思ったので、私は少しだけ彼女に指示を出した。
私の指示を聞いたレオナさんは無言で頷くと、スタナの方に走って行く。
私も大気中のエネルギーを集めてグリフィンの翼に狙いを定める。

「いくわよ!ブロウエッジ‼︎」

私は風の刃を3本作り出し、グリフィンに向かって飛ばした。
風の刃は緩い放物線を描きながら勢い良く飛んで行き、グリフィンの両翼を切り刻む。
翼を切りつけられたグリフィンは、あの耳をつんざくような鳴き声をあげながら一気に高度を下げた。
だが、肉体が硬いせいなのか地上には落とせなかった。

「ごめんなさい、地面には落としきれなかったわ!」
「グリフィンの翼は案外硬いから仕方ねぇよ。あれだけ高度が下がれば問題ねぇから、後は任せろ!」

私の報告を聞いたスタナは私をフォローしながら後を引き受け、そこにレオナさんが到着した。

 

 

 

「スタナ、加勢するわ」
「よし、じゃあ俺がアイツを地面まで落とすから、レオナは追撃頼むぜ!」
「分かった」

スタナはレオナさんに指示を出してからグリフィンに向かって跳び上がると、彼の持つ剣に魔力をこめその刀身を淡く光らせる。

「さっさと落ちろ!パラライジングショット‼︎」

スタナが勢い良く剣を振ると、激しい閃光が雷鳴と共に飛び出しグリフィンを貫く。
スタナの魔法をもろに受けたグリフィンは身体が痺れたらしく、地面に真っ逆さまに落ちていく。

「今だレオナ!」
「任せて」

スタナの合図をうけると、レオナさんはその長く伸びた爪を活かしてグリフィンの首元を切り裂いた。
首元を切り裂かれたグリフィンは叫びながらのたうち回っている。

「下がれレオナ!この鳥ヤロウ、ギーギーうるせぇんだよ‼︎」

スタナの指示をうけるとレオナさんはグリフィンから距離をとり、空中にいたスタナが落下時の勢いを利用してグリフィンに剣を突き立てて止めをさした。
グリフィンはスタナの攻撃で倒されたようで、ピクリとも動かなくなった。

「ふう、やっぱ3人もいると楽だな。フレスがいれば高い場所に逃げられても攻撃できるし、レオナのおかげで足止めと追撃もできたし。レオナ、本当に助かったぜ!」

スタナは自分の剣を仕舞いながら笑顔で私たちを褒めだした。

「…私はフレスの指示に従っただけよ。それに、助けられたのは私の方だわ」
「私たちもあのグリフィンを倒したかったから、気にしないで」
「そういえば、あのとき飛んで来た矢ってレオナのか?」
「あれはわざとじゃないって言ってるでしょ!」

私たちはお互いを褒め合って和やかな空気が流れ出したのだが、スタナの一言でその空気が一気に重くなった。
私は少しでも空気を軽くできないかと思い口を挟む。

 

 

 

「そういえば、レオナさんが放った矢は途中から急に軌道が落ちたのよね。弓に何か問題でもあったのかしら」
「途中から落ちた?レオナ、ちょっと弓見せてくれないか?」
「えぇ、構わないけど…」

そう言うとレオナさんは、まだ新しそうな弓をスタナに手渡した。
心なしか、弓を渡す彼女の手が震えている気がする。
レオナさんから弓を受け取ったスタナは、少し見ただけで何かに気付いたようで、弦の部分を頻りに触っている。

「この弓、弦のハリが甘くないか?これじゃあ矢が上手く飛ばねぇよ」

そう言うとスタナは弓の弦をキツく張り直し、笑顔でレオナさんに弓を返した。

「ほら、これでちょっとは良くなっただろ!」
「ありがとう…私はこの弓でスタナを危ない目にあわせたのに、それを責めないのね」

スタナから弓を返されたレオナさんは、困惑した様子で問い掛けてきた。

「まぁ、たしかにあの時は刺さるかと思ったけどな。でも、初心者の弓使いや魔道士に後ろから攻撃されるのはよくある事だからなぁ」
「私もまだ駆け出しの時に、間違ってスタナをブロウエッジで怪我させちゃった事があったわ。でもスタナは反射神経が良いし、怪我をしても何故かすぐに治るから大丈夫よ」
「フレス…その話、とても大丈夫とは思えないわ」

なんだかレオナさんに変な目で見られてるけど、場の空気は少し軽くなったようだ。
私が少し安心したそのとき、樹海の奥から見覚えのある吸血鬼の少年が少し息を切らせながらこちらにやって来た。

 

 

 

「やっと見つけたよレオナ!」

どうやら彼はレオナさんを探していた様で、彼女を見るなり大急ぎで駆け寄ってきた。

「グリフィンの声がしたけど大丈夫かい⁉︎」
「オリ、私は大丈夫よ。フレスとスタナが助けてくれたから」
「え、2人がどうしてここに…?」

オリくんは怪訝そうな顔でそう言ってきたので、私たちは今までの経緯を話す。

「私たちはまた仕事で、森の異変の調査と原因であろう魔物の討伐に来ていたの」
「たまたま討伐対象のグリフィンがレオナと戦ってたから共闘しただけだぜ」

私たちの話を聞いたオリくんは、顎に手を置いて何やら考え込んでいる。

「あの2人とも、この辺りにはもう害のありそうな魔物はいないみたいだし、私たちはそろそろ帰るわね」
「目的も果たしたし、長居する理由も無いしな」
「あ、2人ともちょっと待ってくれないかな」

私たちは仕事を終えたので帰ろうとしたが、そこでオリくんに呼び止められた。
グリフィンは倒したし、オリくんもレオナさんを見つけられたのだから、お互いにやる事も無いはずなのに…
いったい何があるんだろう。

「どうやらレオナがお世話になったみたいだし、昨日のお返しもかねて2人を僕たちのアジトに招待したいと思うんだけど、どうかな?」
「吸血鬼とワーウルフのアジトだって⁉︎」

その提案は、私にとって予想だにしなかった。
本来相容れない存在である人間を自分たちの住処に招待するなんて、私にはにわかに信じられなかった。 そんな私とは対称的にスタナの方は、オリくんの言葉を聞くや否や、目を輝かせながら私をチラチラと見てきた。
言葉には出していないが、彼らのアジトに行ってみたいのだろう。
魔物に興味津々のスタナが、魔物のアジトに興味を持たないはずがない。

「…はぁ、分かったわスタナ。私も2人がどんな場所で暮らしているのか気になるし、そのお誘い受けましょう」
「やったー‼︎オリ、本当にお前たちのアジトに行っても良いんだよな⁉︎」
「もちろん。それじゃあ、早速行こうか。もうじき日も暮れ出すし、今日はうちに泊まると良いよ」

まさか、アジトに招待されただけでなく泊まることになるとは…
スタナは素直に大喜びしているが、私の方は本来あり得ないであろう提案がポンポンと飛び出してきて呆気に取られてしまった。
私は期待と不安を抱きつつ、スタナと共に彼らのアジトへと足を運んだ。

 

 

 

私達はオリ君の案内で樹海深くにある湖畔を進んでいく。

「わぁ、綺麗な湖…」
「この樹海、湖もあったんだな」

湖の水は透き通っていて、時々魚達の身体が夕日を受けてキラキラと光っていた。
私はその自然独特の美しい光景に、思わず声をもらす。
よくこの樹海を探索していたスタナも、どうやらこの場所は来た事が無いようで辺りをキョロキョロと見回している。

「西の方には洞窟もあったし…この樹海広すぎだろ」
「二人はあの洞窟に行ったことがあるんだ」
「あそこは俺一人でいったんだ。だから、フレスは知らないと思うぜ」
「え、スタナさん一人であんな場所に行ったの?」
「あぁ、そうだぜ。あの洞窟、珍しい鉱石や宝石の原石がたくさんあるんだよな」

オリ君とスタナは、西にあるという洞窟の話題で盛り上がっている。
私以外の人とここまで楽しそうに話をするスタナは久々に見た気がする。
二人で話が盛り上がってるスキに、私は先ほどからずっと無言で歩いているレオナさんに話かける。

「ねぇ、レオナさん。あの、やっぱり私もあなたのこと、呼び捨てで呼んでも良いかしら?あなたとはとても良いお友達になれそうな気がするの」

私の提案に、彼女は少し驚いた顔をする。
正確には「お友達」と言った辺りで目を見開いたように見えた。
私は彼女の気分を害してしまったかと思い、更に言葉をつづける。

「あ、嫌なら今までどおり…」
「いいえ、私も呼び捨ての方が気が楽だわ」

そう言うとレオナは、ほんの少しだけ笑ってくれた。

 

 

 

「ねぇ、レオナたちのアジトってどんなところなの?私たちの家は、人間の住居としとは少し小さいほうなんだけど…」
「そうね…フレスたちの家に比べたら、ものすごく大きいわ」
「ものすごく大きいってことは、私たちの家が3つか4つくらい……⁉︎」

レオナたちのアジトの話をしていたとき、私は不意に嫌な視線を感じて辺りを見回した。
だが、どんなに目をこらして見回しても不審なものは見当たらず、私は小首を傾げる。

「どうかしたのフレス?」
「あ、ごめんなさい。今、何か気配を感じた気がしたんだけど…気のせいだったのかしら?きっと初めての場所で緊張してたのかもしれないわ」

私の様子を見たレオナが訝しそうに声を掛けてきたが、私が気のせいだったと返すと「そう」と一言だけ呟いてまた歩きだす。
それとほぼ同時に、先を歩いていたスタナに声を掛けられた。
どうやらあの嫌な視線に気をとられて、彼らとはぐれそうになっていたようだ。
先程の視線はまだ気になったが、はぐれるわけにはいかないので急いでみんなの後を追いかけた。

 

 

 

湖からさらに20分ほど歩くと、目の前に黒くてとても大きな建物が姿を表した。
その建物はとても立派な造りのようだが、まるで怖いおとぎ話に出てくる城のような、少し重苦しい空気を纏っていた。
これで天候が荒れていたら、本当にお化けでも出てきそうな雰囲気だ。

「ずいぶんデカイ城だな…」
「そうね。でも、暗くなってきたせいか何か出そうで怖いわ…」
「二人とも、この城が僕達のアジト、ヴァンガルト城だよ。因みに、お化けとかが出たことは無いから安心して、フレスさん」
「おまえら、こんな所に住んでんのか!?
「ごめんなさい!私、相当失礼な事言っちゃって…」

どうやら、このお化けでも出そうな城が彼らのアジトらしい。
知らなかったとはいえ、何か出そうなどと言ってしまい、申し訳ない気持ちになった。
しかし、この城の住人であるオリ君とレオナは顔色ひとつ変えず、オリ君にいたっては何処か愉しそうな笑みを浮かべていた。

城の佇まいに圧倒され立ち尽くしていると、またあの嫌な視線を感じて悪寒がした。
湖で感じた時とおなじく、じっとりとまとわりつくような…
そんな視線を今度はすぐ背後から感じ、とっさに振り返りつつ視線から遠ざかった。

「誰!?
「人間にしちゃあ良い反応だなァ、ヒャハハ!!

私が振り返った先には大きな石像があり、その上に長身の男が立っていた。男は口角を吊り上げ、こちらをバカにしたような態度で見下ろしている。
あの白髪と血を思わせる紅い瞳から、おそらくオリ君と同じ吸血鬼なのだろう。しかし、この男はいつの間に私の後ろに立っていたのだろうか?
湖で感じた視線も男のもので、ずっと後をつけられていたのだとすると、なんだか気味が悪い。

 

男は私と視線が合うと、先程と同じくケラケラと笑いながら私に襲い掛かってきた。
私は男のあまりの素早さに驚きつつも、手に持っていた杖に魔力を込めて剣に変化させ、男の攻撃を何とか受け止めた。
だが、あまりの力の違いに体勢を崩し後ろに仰け反ってしまう。

「テメェ、いきなり出てきてフレスに何しやがる!!

それを見たスタナは突然襲撃された私を助けようと、声を荒げて怒りをあらわにしてこちらに向かおうとする。

「貴方の相手はこっちよ?お兄さん」
「うぐっ…!?

だがその瞬間、ゆったりとした女性の声と共に拳くらいの赤黒い物体がスタナの頭部に勢いよく当たった。
赤黒い物体が飛んできた方を見ると、丈の長いスラリとしたドレスに身を包んだロングヘアの女性が妖艶な笑みを浮かべながら立っていた。
その容姿から、この女性もまた吸血鬼なのだろう。

「スタナ!!
「おっと、余所見してんじゃねェよ!」

私がスタナと女性の方に気を取られていると、その隙を突かれ男の強烈な蹴りを腹部にくらい、数メートル先まで飛ばされてしまった。

「フレス!!
「貴方の相手はこっちだと言ってるでしょ、お兄さん。それとも、私が相手じゃ不満なのかしら?それなら、私の眷属がお相手するわ」

女性がそう言うと、彼女の前に赤い紋様が現れ、大人くらいの赤黒い二人の騎士姿の化け物が現れてスタナに襲い掛かる。
騎士風の化け物は渇いた呻き声をあげながら、その手に持つ剣を力任せに何度も打ち付けてくる。
化け物に襲われたスタナは防戦一方で、苦戦を強いられていた。

 

私は何とか立ち上がろうとするが、痛みで思うように動けず地面を這いつくばる。
手元に杖があれば、もしかしたら魔法でスタナを援護できたかもしれない。
だが、男に蹴り飛ばされた時に手離してしまったようでそれすら叶わない。

「なんだ、もう終わりかァ?女の方は呆気ねェな~」

男は身動きすらまともにとれない私に近付き、おもむろにローブの襟を掴んで私を持ち上げる。
すると、何を思ったのか私の首筋を一舐めしてきた。
生暖かくて滑りのある感触が気持ち悪くて、私は短い悲鳴をあげた。
その光景をみたスタナは、顔を真っ青にしながら叫んだ。

「やめろ、それ以上フレスに触んな!!
「ヒャーッハハ!!何そんなに焦ってんだァ?」
「うふふ、そんなにこの子が大切なのね。それなら、まずは今持ってる武器を捨てなさい。もちろん、その腰に着けたままの短い方もね」

私を人質にとられたスタナは、苦虫を噛んだような表情で武器を外して自身の横に軽く放り投げる。
そんな彼を、二人の吸血鬼は見下すように嘲笑う。
相手を苦しめて笑うこの二人が、私には悪魔のように見えた。
私たちはこの二人に、血を吸い尽くされて殺される。
そう悟り出した時…

「ハンク、ルシャ!その人間たちは僕のお客さんなんだから、そのくらいにしてあげてよ」
「ハァ!?この人間どもが客だァ?」

〈ハンク〉と〈ルシャ〉と呼ばれた二人は、オリ君の言葉に相当驚いているようで、〈ハンク〉と呼ばれた男の方は切れ長の目を更に吊り上げ、不服そうに声を荒げている。

 

 

 

「オリ、なぜこの人間たちを招いたの?」
「面白い人間に会ったって言ったでしょ?その二人がその面白い人間の兄妹だよ。だからハンク、彼女を放してあげて」
「チッ…分かりましたよ、城主サマ」

オリ君の話を聞いたハンクという男は、渋々納得した様子で私をスタナの方へ放り投げる。
投げられた私は、駆け寄ってきたスタナに抱き止められて何とか地面に倒れずに済んだ。

「大丈夫かフレス!?ちょっと首見せてみろ、もし噛まれたりしてたら…!」
「舐められただけで、噛まれてはいないから大丈夫よ…」
「噛まれた痕もねぇし、とりあえずは大丈夫か。はぁ~、心臓が止まるかと思ったぜ…」

スタナは、私の首に噛み痕が無いことを入念に確かめると、私の両肩に手を置いて大きなため息をついた。
そんな私たちの元にオリ君が歩み寄ってきた。

「二人とも大丈夫かい?」
「オリ!おまえ、あいつらを止められるんだったらもう少し早く止めてくれよ!!

苦笑いを浮かべながら問い掛けてきたオリ君に、スタナは不満の声をあげた。

「ごめんね、いきなりの出来事に僕自身も驚いちゃって。でも、彼らも自分達の住処を守ろうとしただけだから、許してあげてくれないかな」

 

 

 

だが、オリ君は全く動じていないようで、指先で頬をポリポリとかきながら話している。

「オリ君、あの人たちが自身の住処を守ろうとしたって意見は分かるけど、殺されかけたこっちとしては、また襲われそうで怖いわ…」
「…そうだね、フレスさんには特に怖い思いさせちゃったしね。あの二人、特にハンクの方にはキツく言い聞かせておくから、今回は目を瞑ってもらえないかな?」

先程まで笑っていたオリ君だったが、私の話を聞くと今度は真剣そうな眼差しでそう答えた。
オリ君が悪いわけでは無いし、その瞳に嘘や偽りは全く感じなかったので、私はひとますこの件に関しては水に流すことにした。

「…分かったわ」
「本当に頼むぜオリ。もしフレスに何かあったら…」
「大丈夫だよ。それより、二人とも傷を手当しなきゃね。辺りも寒くなってきたし、早く中に入って」

そう言うとオリ君は、私たちを城の中へと案内した。
とんだ洗礼を受けたが、私たちは気を取り直してオリ君たちと共に城の中へと入って行った。