オリ君たちと別れた私は、フラウリアスで助けた男オルストさんと共にカナディッチの街までやってきた。
カナディッチは私たちの暮らす〈センティネント大陸〉の南西に位置する〈サーフェスト大陸〉にあり、グリンフィール程ではないがこの大陸の中では最も大きい都市にあたる。
サーフェスト大陸は、人が認知している大陸のなかで唯一砂漠が存在していて、気候もセンティネント大陸よりかなり暑い。
「ここでちょっと買い物しよう。そんなに遠くはないが軽い砂漠超えをしないとならないから水と日除けのコートくらいは用意しないと…っていっても、あんたのローブならしっかり羽織れば大丈夫そうだから、とりあえず水だな」
「そうですね」
どうやら彼の研究所へ行くには砂漠を渡らなくてはならないらしく、オルストさんはそのための水と服装をここで買いたいらしい。
オルストさんの見立てだと私のローブは軽い砂漠越えなら耐えられる仕様らしい。
こうやってスタナ以外と旅をしたり行動したりすると、魔道士になったお祝いにとスタナが揃えてくれたこのローブや杖がかなり上等なものだった事に気付かされる。
そして、スタナがどれだけ私の事を大切にしてくれていたかを再認識させられる。
「…スタナってば、私の事ばっかり。自分の事はいっつも後回しなんだから…」
「あんた、仲良いんだな。俺の兄弟とは大違いだ」
「そうですね、比較的仲は良いです。あなたは違うんですか?」
「大違いさ。うちは兄弟なんて邪魔し合うだけって感じでな。人数も多いから、早く1人でも減らねぇかってギスギスしてたんだ。例え俺があんたの兄貴みたく捕まっても、助けになんて絶対来ないな。むしろ永遠にサヨナラできるって喜ぶだろうよ」
「そんな…まるで敵同士みたいな…」
「はははっ、敵同士か!違いねぇかもな」
私の独り言を目敏く聞いていたオルストさんは、私とスタナの兄妹仲の良さを少し羨ましそうに話してくる。
それに対して私が彼の兄弟事情を聞いてみると、想像よりも酷い返答が返って来た。
本当に私たちとは真逆で、まるで兄弟が敵国の国民同士みたいだと思って絶句してしまう。
それなのにオルストさんは、私の言葉を聞くと大笑いしながらその通りだと言ってのけてしまう…
多少の違いはあれど兄弟姉妹なんてみんな変わらないと思っていた私は、あまりの衝撃に言葉もロクに出てこない。
「…あぁ~。なんか、悪かったな。早く揃えるモン揃えて、研究所へ向かおう」
「そう…ですね」
どうやら思った事が私の表情に出てしまっていたようで、オルストさんは罰が悪そうに先を急ぎだし、私も市場で彼と同じ量の水を買って研究所へと向かった。
砂漠には蛇人やラミアと呼ばれる人間に蛇の鱗や尻尾を付けたような猛毒を持つ魔物が出るらしいが、幸い今回は彼らと出会さずに砂漠を越えられ、無事に彼が所属している研究所までたどり着く事ができた。
研究所は砂漠を渡った先の熱帯雨林の中に、ひっそりと隠れるように建っていた。
それこそ、此処へ出入りしている人を尾行するか案内人でも立てなければ見つからないような場所で、私は彼の提案をのんで正解だったと心底思った。
「これが研究所の入り口で、他には地下を通って別の街に出るのがもう1カ所あるだけだ」
「地下を通って別の街に出るなんて、見た目より遥かに大きな研究所ですね」
「まぁ、この中でヘルプラントを成体にしたり実験したりするからな」
私が今見ている研究所はグリンフィールの大礼拝堂より少し大きいくらいだが、彼の話だとここからさらに別の街まで行けるくらい広い地下空間があるらしい。
言われてみれば、私がオリ君たちと倒したヘルプラントでもその辺りに生えてる樹木くらい大きくなっていたのだから、今見える範囲で研究をするなんて到底ムリな話だ。
研究所の途方もない広さには納得がいったが、そのだだっ広い研究所の中からスタナ1人を探す事になると思うと、本当に見つけられるのか不安になってくる。
だが、彼は以前ここに幽閉されたスタナと会っているはずだという事を思い出した私は、オルストさんにスタナの詳しい居場所を聞こうと口を開きかけた。
その時だった。
「へぇ~、こんな所にそんなヤバい施設があったのかい」
「ひゃっ…!?」
「うぎゃっ…むぐぐっ…!!」
「し~…騒ぐと中の連中にバレるんじゃないかい?」
どうやら私たちは誰かに後をつけられていたらしい。
背後から聞こえた少々強気そうな口調の女性と思われる声に驚いた私は叫び声を上げそうになるが、2人揃ってその女性に背後から口を塞がれた。
初めは研究所の警備員にでも見つかってしまったかと思ったが、女性の話ぶりから研究所の関係者ではないようだった。
「ん…んん~…!!」
「…んむ…」
「おっと、ちょっと強く抑えすぎたかな?お嬢ちゃんの方は暴れなそうだから、今離してやるよ」
「はふっ…!はぁ、息苦しかった…」
「悪かったねぇ。ま、暴れん坊な相方のせいってことで」
私たちの口を塞いでいた女性は私が息苦しさに悶えているだけで暴れる様子が無い事を見抜くと、すぐさま私の口元に当てていた手を離して開放してくれた。
だがオルストさんはまだ暴れているので、未だ女性にシッカリと口と身動きを封じられている。
「あの、あなたはいったい…」
「アタシゃテロル、いわゆる拳闘士ってヤツさ。目的は、多分アンタたちと似たり寄ったりさね。アンタたちも、この研究所に忍び込もうって魂胆なんだろ?」
私の問い掛けに、拳闘士の女性テロルさんは軽く笑みを浮かべてすぐさま答えてくれる。
詳しい理由は分からないけど、どうやら彼女もこの研究所に忍び込みたかったようだ。
「私は、ちょっと人探しを。あなたは、この研究所に何の用が…?」
「アタシは、ここでされてる研究が…アンタ、ちったぁ大人しくしなよ」
「んぅ~…!むぐぅー!」
「オルストさん、大人しくすればテロルさんはきっとあなたを解放してくれますから、おちついて」
テロルさんが自分の目的を話しているのに、話の途中でオルストさんが更に暴れ出したせいで彼女の話は中断されしまった。
私とテロルさんは揃ってオルストさんに大人しくするよう求め、彼を大人しくさせる。
彼のせいでテロルさんの目的の一部しか聞けなかったが、表情や口振りから彼女もこの研究所でされている実験を良く思っていない事だけは分かった。
そして、お互い部外者だがこの研究所の中に入りたい、と。
「テロルさん、あなたは拳闘士と仰いましたよね。そして、この研究所に入り込みたいと…」
「アンタ…アタシの目的を探って、あわよくば協力関係を結びたいってクチだね。違うかい?」
「…っ!そう、ですね。お察しのとおりです」
「やっぱりね」
私は少し遠回しな言い方でテロルさんの目的を詳しく探ろうと口を開いた。
けれどそれをすぐ様見抜いたテロルさんは、まるで私に言い隠れる隙を与えないよう明け透けに問いをぶつけてくる。
自分の意図をほぼ完璧なくらい見透かされた。
その事に驚いた私は一瞬言葉を詰まらせる。
そして私は、この人に私の内情を隠して話す事など無理だと即座に諦め、彼女の問いに正直に答える事にした。
「私はあくまで兄を助け出したいだけで、事を荒立てたい訳では無いです。ですから…」
「なるほどね。そうなると、アタシが暴れちゃあアンタが困る訳だ…分かった、とりあえずアタシは中の下見が出来れば良い。アンタの兄貴を助ける手伝いもしてやるから、アタシも混ぜておくれよ」
「話が早くて助かります。オルストさんも、良いですよね」
「んむ…んむ…」
私が兄を助けたいだけだと率直に伝えると、また私の求める事をすぐに読み取って理解してくれたテロルさんは、にっかり微笑みながら私たちに協力してくれると言ってくれた。
これでテロルさんは私たちに協力してくれる。
私の一存で話を進めてしまったが、一応オルストさんの了承も取っておこう。
そう思い彼に問いかけると、未だに羽交締めにされたままだがハッキリと2回頷いてくれた。
「んじゃ、交渉成立だね。白服のアンタも、やっと大人しくなったから離してやるよ」
「ぐはっ…や、やっと…開放された…」
「オルストさん、大丈夫ですか?」
「アンタ、男なのに情けないねぇ」
「うっ、うるさい…!俺をバカにするなら、あんたは中に入れないで警備に突き出すぞ!」
「あっはは!アタシが悪かったから、そうむくれなさんな」
ずっと拘束されて疲れてしまったのか、やっとテロルさんに解放してもらえたオルストさんはその場に崩れ落ちるように倒れた。
オルストさんの心配をする私とは対照的に、テロルさんはニタニタと笑いながら彼を揶揄いだす。
そのテロルさんの態度がオルストさんの感に触ったらしく、彼はテロルさんには協力しないと脅しをかけだした。
一方テロルさんは、一応彼を宥めつつも驚くほど楽観視したような軽いノリで受け答えするので、この先どうなる事かと見ている私の方がハラハラしてしまう。
「と、とにかく中に入りましょう!あまり悠長にしていられませんし」
「本当にこの女も連れて行くのか?ここに置いてくなり、警備に突き出した方が…」
「仮に今テロルさんを置いて行って、今から大暴れされても困りますし…」
「嬢ちゃんの方は、しっかり先を考えてるみたいだねぇ。エライえらい」
先を急ぐ私は、早く内部に入ろうとオルストさん達を急かす。
しかしオルストさんは相当テロルさんを嫌っているらしく、明らかに嫌そうな表情で彼女を置いて行けないかと言い出した。
それに対して私は、おそらくテロルさんはかなり強く私では到底止められないと判断し、彼女を置いて行った時のデメリットを上げてなんとかオルストさんにも納得させた。
お互い小声で話していたつもりだったが、私たちの会話がしっかりと聞こえていたらしいテロルさんは、自分が避けられていると分かりながらも至極楽しそうに笑う。
そんな彼女の態度に、私とオルストさんは揃って大きなため息を吐きながら意を決し、3人で研究所へと足を踏み入れた。
研究所の入り口には警備員が立っていたが、オルストさんがフラウリアスでの出来事と私達を新しい傭兵だと伝えると、何の検査もなくすんなりと内部に入り込めた。
魔物を使う表沙汰に出来ない研究を行っているわりには、ずいぶんと警備が甘いと思ったけど、コチラとしては好都合だ。
研究所の内部は無機質で真っ白なコンクリート製の通路が続き、所々に長身の男性くらいの四角い大きな凹みはあるが、扉らしき物は全く見受けられない。
「オルストさん。もうかなりの距離を歩いたと思うんですけど、扉らしき物が一つも…」
「ん?扉なんかそこら中に…あぁ、そういやセンティネントの扉はほぼ手動だから、自動ドアを知らないのか」
「じどう…?サッパリ分からんねぇ」
「そこら辺に凹みがあるだろ。アレ全部が扉で、センサーが人間を感知すると勝手に開くんだよ」
「さ、触らないで開くんですか!?」
「へぇ~、便利なこった」
全く扉が見当たらない事をオルストさんに尋ねてみると、どうやら私が〈大きな凹み〉と思っていた物が全て扉だったようだ。
しかも、人間を感知して勝手に扉が開くらしい。
私が住んでいる大陸には無い、おそらく画期的な装置に私とテロルさんは感嘆の声上げる。
オルストさんは、私たちの反応に嬉しそうに鼻を鳴らすと、他よりさらに大きな〈凹み〉もとい〈自動ドア〉の前で立ち止まった。
「通るついでだ。あんたら、この扉に近付いてみな」
「こういうのは若いヤツから、ね~」
「えっ、私ですか!?」
「ほらほら、行った行った!」
「きゃっ!」
元々通る予定の道に自動ドアがあったらしく、オルストさんは機能紹介も兼ねて私とテロルさんに目の前の大きな自動ドアに近付くよう指示を出した。
するとテロルさんが、何故か楽しそうな態度で私を先に行かせようと、いきなり私の背中を強く押して自動ドアの方に無理やり突き出された。
なんの前触れも無かった事とテロルさんの力強さが相まって、私は前のめりになりながら自動ドアに激突しかける。
だけど、先ほどオルストさんが言った通りにドアが私を感知して勝手に開いたので、私はドアにぶつかる事もなく、何とか体勢を直して転ばずに済んだ。
テロルさんが賑やかで楽しい人だって事はよく分かったが、いきなり人を突き飛ばさないでほしい。
「おぉ~、本当に勝手に開くんだねぇ~」
「いきなり何するんですか!?ビックリしたじゃないですか!」
「あっはっは!ゴメンって」
私がテロルさんに突き飛ばされた事に文句を言うと、テロルさんは全く反省していないような軽いノリでペコペコと頭を下げた。
テロルさんの後ろで事の成り行きを見ていたオルストさんもクスクスと笑って楽しそうにしている。
この2人の態度を見ていると怒るのもバカらしくなってしまい、私は肩を大きく落として盛大なため息をついた。
「ところで、このだだっ広い部屋はなんだい?」
「本来は生態実験室の1つで、ここに魔物を放って動きやなんかを観るんだが、今は使ってなかったから近道で通るんだよ」
「へぇ~…」
私が突き飛ばされて入った部屋は一面真っ白な空間で戦闘訓練施設くらい広いが、それ以外は何も無い部屋だった。
普段は何かの実験に使うらしいが、今回は目的地への近道として通るらしい。
だからオルストさんは「通るついで」と言ったのか。
オルストさんの話に合点がいった私とテロルさんは、さっさと進んでいくオルストさんの後を追って実験室を抜け、また無機質で真っ白な通路を進んで行く。
それから2階分地下に降りた時、建物内にけたたましい音が響き渡った。
ーービーッ!!ビーッ!!ビーッ!!ーー
ー〈緊急事態発生。収容番号316番が逃亡、警備員は直ちに捕獲にあたってください。繰り返します。収容番号316番が逃亡、警備員は…〉ー
「あの、今の音と放送は?」
「収容番号316番、あんたが探してるヤツが、牢屋から抜け出したらしいな。やれやれ、大人しくしててくれよな…」
「おやおや、ずいぶん元気な兄貴だねぇ」
オルストさんの話だと、あの放送はスタナが脱獄した事を知らせるものだったらしい。
放送を聞いたオルストさんは至極面倒臭そうにボソボソと愚痴をこぼし、テロルさんはこれまた愉快そうに笑う。
どうやらスタナは自力で牢屋から抜け出せるくらいには元気なようで少し安心したが、ゆっくりしている場合では無くなったようだ。
「お二人とも、のんびりしてられないですよ!警備の人より先に兄を見付けないと!」
「面倒を減らすには、それがベストだろうねぇ。それじゃ、サッサと見つけて回収しますか!行くよ、研究員の坊主」
「誰が坊主だ!ったく、走るぞ!」
またテロルさんとオルストさんの喧嘩が始まってしまったが、2人とも器用に喧嘩しながら通路を走り出し、私もその後と追って走り出す。
ところが…
「おっと、止まりな嬢ちゃん」
「きゃっ!」
「あんたら、何ボサッと…!」
ーーカタンーー
「…は?うわっ!?」
ほんの十歩ほど行ったところで急にテロルさんが足を止め、私は思いきりテロルさんの背中にぶつかってしまう。
急ぐと言ったのにすぐ足を止めた私たちに、オルストさんは半ばキレたような態度で怒鳴ろうとした。
だが突如オルストさんの頭上から何かが外れる音がして、そちらに目を向けた。
頭上の何かに気付いたオルストさんは慌ててその場を動こうとするが、音がした天井から降ってきた〈者〉に押し潰された。
それは、私のよく見知ったものだった。
「ぐゔぇっ…!?」
「やべっ…!」
「えっ…す、スタナ!?」
「へ?あっ、うえぇ!?ふ、フレス!?」
「っ!スタナぁ~!!」
天井から降ってきた者は、私が探していたスタナだったのだ。
予想だにしない再開の仕方だったが、兄の無事そうな姿を目にした私は目元に涙を浮かべながら彼の名を叫んでスタナの元へと駆け出した。
「感動の再会ってヤツだねぇ」
「…どうでも、いいから…退きやがれ!」
「はっ!あっ…す、スタナのバカ~!!」
「ぐべふぁ!?…ふ、フレス…ひでぇ…」
私は無事再会できた嬉しさからスタナに抱き付こうとした。
だが、途中で聞こえたテロルさんとオルストさんの声で2人がいた事を思い出してしまった。
とたんに恥ずかしくなってしまった私は、付けた勢いそのままに手にしていた杖で思いきりスタナを殴りつけてしまった。
テロルさんもオルストさんも、私が思いきりスタナに抱き付くと思っていたらしく、背後とスタナの下らへんから「えっ!?」と言う疑いの声が聞こえた。
私自身も最初は本当にスタナに抱き付こうとしていた事もあって、スタナは全く回避や防御の姿勢を取れないまま思いっきり腹部に杖が当たってしまい、腹部を抑えながら2~3歩フラフラと下がって悶絶する。
これには、さすがにやり過ぎたと思った私は、急いでスタナのすぐ隣に腰を屈めた。
「あ…す、スタナ…だい、じょうぶ?」
「お、おぉ~…それより、本当に、フレスだよな…?」
「そうよ!スタナが一向に帰ってこないからフラウリアスまで探しに行って、そこで会ったオルストさんからスタナがここに捕まってるって聞いて迎えに来たんだから!」
「なっ!フラウリアスに行ったのか!?」
スタナはまだ少し痛そうな様子で私の問いかけに応え、私が本当にフレスなのかと聞いてきた。
彼からしたら、全く消息を絶ってしまっていたうえに、来た事もない街の限られた人しか入れないような施設で私と再会するなんて夢にも思わないだろう。
だから私は、今までの経緯をザックリと彼に伝えた。
するとスタナは、血相を変えて私の両肩を掴んできた。
「フレス、おまえフラウリアスに行って平気だったのか!?頭痛くなったり具合悪くなったりとかは!?」
「大丈夫、どこも悪くないわよ」
「そ、そうか。なら、良いけど…わざわざ迎えに来てくれて、ありがとな」
スタナは、私の悪夢が故郷を無くした日の出来事だと前から分かっていた。
だから、悪夢の舞台であるフラウリアスに行って、精神から身体を崩したりしていないか心配だったんだ。
その事にすぐ気が付いた私は、スタナに軽く微笑みながら「大丈夫」と答える。
それを聞いたスタナは、まだ少し不安そうにしながらもホッと一息吐いてから私の頭を撫でてくれた。
普段なら、人前で甘やかされてる所を見られたくない、恥ずかしい、という思いからその手を払い除ける。
だけど今回のは、私が寂しい思いをした分スタナも不安だったり寂しいと感じていただろうし、先ほどの一撃の事もあって黙って撫でられることにした。
恥ずかしいとは思うが、私もスタナに頭を撫でてもらう事は好きである。
「さて、と。再会を喜んでるところ悪いけど、早く脱出しないとマズイんじゃないかい?」
「あっ、そうですね!早くここから出ないと!」
「っ!あんた、まさか…!」
「何か言いたいみたいだけど、話は後だよチビ助。ほら、研究員の坊主もボサッとしてないで出口まで案内しとくれ」
「だから坊主って言うんじゃねぇよ!来た道戻るぞ!」
どうやら私は、スタナに会えた嬉しさから思いのほか悠長にしていたらしく、テロルさんの発言でハッと我に返った。
スタナは先ほどまで私しか目に入っていなかったようで、今やっとテロルさんの存在に気付くと眼を見開いて驚き、何か言いたげに口を開いた。
だけどその言葉はテロルさん自身に遮られてしまい、スタナはなんだかもどかしそうな表情を浮かべた。
スタナのあの口振りだと、スタナはテロルさんの事を知っているのだろうか?
兎にも角にも、私たちは早くここから脱出しないとならない。
私は、もうスタナと離れまいと彼の手を掴み、再びオルストさんの案内で出口を目指して走り出した。
途中、警備員らしき人物に何度か遭遇したが、相手が少数で回っていたことでスタナの峰打ちとテロルさんの拳で即座に撃沈させて先を急ぐ。
この建物に侵入した時に近道だと言われた研究室に差し掛かった時、不意にオルストさんが扉の横辺りで足を止めた。
「オルストさん、止まったら追いつかれますよ!」
「あんたら、先に行け!扉を締めて妨害する。あんたらじゃ操作できないだろ」
「分かりました!では、先に行きます!」
オルストさんは、今通った扉を閉めて後を追ってくる警備員に遠回りをさせるために、扉の横に付いたパネルを操作しようとしていたのだった。
彼の行動理由が分かった私たちは、急いで反対側の扉へと走り、部屋を出ようとした。
だが…
「これ、開くのか?」
「近付いたら開くって…えっ、なんで開かないの!?」
ーーガシャン!!ーー
「うわっ!?」
本来ならば近付けば開くはずの扉が、手で触れる距離まで近付いても開かず、私たち3人は足を止めてしまった。
すると今度は背後からもの凄い騒音が鳴り、驚いて振り返って見れば部屋を半分に分けるような形で頑丈そうな柵が迫り上がっていた。
「扉は空かず、背後には柵とは。こりゃ、見事にハメられたねぇ」
「呑気に言ってる場合じゃねぇだろ!」
「オルストさん、これは一体!?」
この状況に慌てふためく私たち兄妹とは対照的に、テロルさんは変わらず自分のペースのまま呑気な声音で現状を端的に呟いた。
そんなテロルさんにスタナは声を荒げる。
私はスタナとテロルさんの事を横目に見ながら、この場で最もこの施設に詳しい柵の向こうにいるオルストさんに説明を迫った。
するとオルストさんは、クツクツと笑いながら話し出した。
「言っただろ?〈扉を閉めて妨害する〉ってな。誰も〈追手を妨害する〉とは言ってない」
「テメェ、裏切りやがったのか!」
「なるほどねぇ。アンタ、最初からこのつもりでアタシらにここを通らせたわけかい」
「そうさ。一度通路として認識させとけば、その後は迷いなくここを通るだろ」
オルストさんは、まるで私たちを嘲笑うかのような態度で説明をする。
それに対してスタナは裏切られた事に激怒し怒りの矛先をオルストさんに向け、テロルさんは非常に落ち着いた態度でオルストさんの行動の真意を口にし確認する。
一方私は、オルストさんに裏切られたショックから言葉が出ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。
「さてと、アンタらの質問にも答えてやったんだ。そろそろ終わりにしようか。コイツでな!」
「あれは、まさか!!」
「ヘルプラントの種子、だねぇ」
先ほどまでケラケラと笑っていたオルストさんだったが、話す事も話し終えもう用はないと、私たちを始末するために懐から一粒の種を取り出した。
それを目にしたスタナの怒りと恐怖が混じったような反応と、テロルさんの口から出た〈ヘルプラント〉と言う単語から、私もフラウリアスで戦ったヘルプラントの事を思い出して身構えた。
「けど、ヘルプラントは他の生き物に寄生しなきゃ、そこらの植物の種と変わらないだろう?」
「くっくく…!普通はな。だが、昔この研究所で生き物に寄生させずにヘルプラントを発芽させた鬼才がいてな。この培養液に種子を漬ければ…!」
この状況に全く動じていないらしいテロルさんは、ヘルプラントの種子の特性から種だけでは脅威など無いと軽く言ってのける。
それを聞いたオルストさんは腹を抱えて笑いを堪え、まるで私たちに見せ付けるように試験管の中の液体にヘルプラントの種を入れ、柵の隙間からこちらの空間へと試験管を投げ込む。
すると、たちまち種が膨らんで試験管が地面に落ちる前に割れ、大人より少し大きいヘルプラントへと急成長した。
それに対して私とスタナは武器を構えて臨戦態勢を取るが、ここまでの事が起こってもなおテロルさんは余裕な態度のまま、感心したように短く口笛をふいた。
「へぇ、なかなか面白いもんだねぇ。人間の科学ってヤツは」
「くっそ、ふざけやがって!!」
「まぁ落ち着きなって」
「どう考えたら落ち着いてられんだよ!」
「はっははは!あんた、頭イカれてんじゃねぇのか?金髪のお前もツイてねぇなぁ。妹はお人好しすぎて使えねぇし、もう1人は狂っていやがる!」
「テメっ!フレスの事まで…!」
スタナが怒るのもよく分かるが、認めたく無くても現状はオルストさんの言う通りだ。
私が彼を信じきってしまっていたから、こんな罠にはめられて。
テロルさんは、本当に何を考えているのか分からない。
私から見て〈この人はおかしい〉と感じてしまうくらい、テロルさんの考えが理解できない。
そこにテロルさんは、さらにおかしな事を言い出した。
「妹大好きなチビ助が怒るのは分かるけど。坊主、オルストとか言ったかい?アンタこそ、そんな余裕かましてて大丈夫かい」
「はっ!この状況を見て分からないのか?ヘルプラントはお前たち側にいるんだ!こっちに来るわけないだろ」
「それは、どうかねぇ」
テロルさんは、私たちの心配ではなくオルストさんの心配をしだしたのだ。
あまりに変すぎるテロルさんの発言に、オルストさんはお腹を抱えて大笑いした。
オルストさんの言う通り、いくら柵に隙間があるとはいえヘルプラントに1番近い〈餌〉は私たちだ。
ヘルプラントがオルストさんを狙うとすれば、私たちを捕食してから…
それなのに、テロルさんはまだ余裕綽々といった態度でいる。
このままでは、親子してヘルプラントに食い殺される…!
そう思ってお互い目配せをして戦おうとした私とスタナは、目を疑う光景を目の当たりにした。
ーーググググ…ーー
「えっ…?」
「な、なぜだ!?なんで俺の方を向く!?お前の餌は向こうだぞ!」
「どうやらプラントちゃんは、アンタから喰いたいみたいだねぇ」
ヘルプラントが、最も近くにいる私たちを無視してオルストさんの方へと向きを変えて動き出したのだ。
まるで、私たちなど眼中にないように。
ーーギシャ~!!ー
「ひっ!?や、やめろ!その気持ち悪いツタをこっちにのばすな!!」
ヘルプラントはオルストさんを捕らえようと、柵の隙間から自身の細長いツタを目一杯伸ばした。
その動きに度肝を抜かれたオルストさんは、尻餅を付きながら這うように後退る。
「さてと。ヘルプラントもアイツを喰うまではこっちに来ないだろうし、今のうちに逃げるよ」
「あぁ、そうだな。フレス、行こう」
「えっ…待って、このままじゃオルストさんが…!」
「フレス…気持ちは分かるけど、アイツはヘルプラントで俺たちを殺そうとしたんだぜ?」
「でも…」
スタナとテロルさんは、今が好機だとばかりに逃げる事を提案して来た。
だけど私はどうしてもオルストさんの事が気になってしまって、ついその場に留まってしまう。
スタナが言うように、オルストさんのした事を考えれば私たちが彼を助ける義理なんて無い事は分かっている。
だけど人がヘルプラントに喰い殺される様を思い出してしまった私は、もうあんな死に方は見たくないし起きて欲しくないと思ってしまうのだ。
それが、たとえ私たちを裏切った人でも…
「はぁ…あの坊主じゃないけど、本当にお人好しだねぇ。…まぁ…あの人らもそうだったし、当たり前か…」
「え、〈あの人ら〉って…?」
オルストさんを見捨てられない私に、テロルさんは額に手を当てながら呆れ顔で大きなため息を吐く。
それから、私とスタナから少し視線をそらし、何かをボソボソと呟いてまた大きなため息を吐いた。
そのテロルさんの独り言の一部だけを聞き取れた私は、彼女の言う〈あの人ら〉が気になって聞いてみたが、テロルさんは何も答えずにヘルプラントの方へと向き直った。
「仕方ないねぇ、このアタシがなんとかしてやるよ!」
「なんとか出来るんですか!?」
「待ってくれ!まさかアレをやるんじゃ…!?」
すると、あんなに頭を抱えてる様子だったテロルさんが、何か吹っ切れた様にあのヘルプラントを止めてくれると言ってくれたのだ。
その一言に私は期待の眼差しでテロルさんを見やるが、スタナはテロルさんのやろうとしてる事が分かるのか、大慌てで私の肩を掴んで壁の方へと引っ張ろうとしてくる。
スタナがこんなに慌てるなんて、テロルさんは何をしようとしているのだろう?
「チビ助は勘がいいねぇ。2人とも…退がッテナァ!」
「っ!うそ…テロルさんっ!?」
「フレス退がれ!」
テロルさんは私たちに退がれと一言言い放つと、地を這う様な唸り声を上げながら少し身をかがめた。
すると彼女の周りが白んで、そこからテロルさんではなく大きな狐の魔物〈ホーリーフォックス〉が姿を表したのだ。
まさかテロルさんがホーリーフォックスだとは思いもよらず、フラウリアスの一件から以前にも増して魔物に恐怖心を抱いていた私は、足が竦んでその場から動けなくなってしまう。
スタナは、そんな私を抱きしめながら精一杯引っ張って壁側へと避難する。
大きな化け狐となったテロルさんは、私たちには目もくれずにヘルプラントへと突進した。
「ッタク、サッサト消エナ!」
ーッ!?ビギャッ!!ーー
「ひぎっ!?あ、うわぁ~~!!」
ヘルプラントへと突進したテロルさんは、その巨体をヘルプラントに叩きつけて柵に押し付け、ヘルプラントを一瞬で細切れにしてしまった。
さすがのヘルプラントも、あの細かい隙間に押しつけられてバラバラにされると生命活動を維持できないらしく、オルストさんへと伸ばしていた触手が力なく地に落ちて動かなくなった。
自分が出したヘルプラントに殺されそうになり、巨大なホーリーフォックスまで現れた事に腰を抜かしたオルストさんは、言葉にもならない悲鳴を上げながら這う様に柵の向こうの部屋から逃げ出して行った。
ヘルプラントをいとも簡単に倒したホーリーフォックス、テロルさんは、そのままゆっくりと私たちの方へと向かって来た。
「あ…あのっ…」
「アァ~、面倒ダ…アンタラ、大人シクシテナヨ!」
「ひっ!いや~!!」
「落ち着けフレス!っうりゃあ!!」
テロルさんは、今度は私達に向かって突進して、あろう事か私とスタナをその大きな口で咥え出した。
魔物への恐怖心から我を忘れた私は叫びながら暴れようとした。
だけどスタナは何を考えているのか、私を強く抱き抱えてテロルさんの大きな口に飛び込んでしまった。
私とスタナをしっかりと咥えたテロルさんが動き出したのか、大きな衝撃と騒音が身体を揺らした。
魔物の口の中で、私は恐怖に耐えるようにスタナにしがみ付き、彼の「大丈夫、落ち着け」と優しく言い聞かせる声を聞きながら、いつの間にか気を失っていた。
目が覚めると、そこは研究所ではなく砂漠のど真ん中だった。
空は薄暗くなっていて、なんだか空気が冷たい。
「あ、フレス!気が付いたか」
「スタナ、ここは…?」
「あ~…まぁ、見ての通り砂漠のど真ん中だな」
私が目を覚ました事に気が付いたスタナは、一目散で私の側へと駆け寄ってきた。
スタナにこの場所の事を聞いてみたが、彼も詳しくは分からないらしい。
「わりぃ、フレス。起きたんなら、俺のローブ返して貰って良いか?」
「えっ?あ、ごめんなさい!私がずっと敷いてたのね」
「気にすんなって」
「ふふっ、ありがとう」
そういえば研究所で再会した時には着ていたローブを、今の彼は身に付けていない。
そこでやっと彼のローブの上で寝ていた事に気が付いたか私は、急いで彼のローブを拾い上げ、丁寧に砂を払ってスタナに返した。
スタナは笑顔で私からローブを受け取ると、手早くその身に付けた。
「お、起きたかい」
「ひゃっ!」
「お、どうだった?」
「な~んもナシだ。街も無いが、魔物もいない。良いんだか悪いんだか」
やっと落ち着いてスタナと話が出来る。
そう思ったのもの束の間、どうやら周囲の見回りをしていたらしいテロルさんが戻ってきてしまった。
一体何をされるかと肝を冷やす私だったが、スタナは相変わらずというか。
いつも以上にも見えるほど、スタナはテロルさんと友好的に見える。
「…やっぱり、アンタはアタシの事憶えてないんだね」
「え?」
「フレス…この人の事は、まだ思い出せないのか」
テロルさんの事を怖がる私に、テロルさんは肩を竦めて、スタナは何処か悲しそうに呟いた。
2人とも、私が以前からテロルさんの事を知っているような事を言っている。
という事は、私はまだフラウリアスで暮らしていた時の記憶の一部しか思い出せていないのだろうか?
「まぁ、忘れてんならそれで良いさ。いや…むしろ忘れてた方が、アンタにとっては良いかもね」
「なんでだよ!?ヘルプラントの事はともかく、他の記憶だったらまだ…!」
「バカだねぇチビ助!人間と魔物が関わる事がどれだけ危険か、あの事から全く学んでないのかい?」
「けどよぉ!」
私がテロルさんの事を憶えていない件で、スタナとテロルさんの意見が真っ向から対立して言い合いに発展してしまった。
けどその内容は、種族の違いから歪み合うような内容ではなく、まるで互いが互いの事を想ったり心配するような内容で。
そういえば昔、お父さんも誰かと似たような事を言い合っていたような…
でも、テロルなんて名前ではなく、もっと変わった名前の人とだった気がするのだけど、肝心の名前が思い出せず、私は1人物思いにふけってしまっていた。
「とにかく、魔物になんか近付くんじゃないよ!特に吸血鬼共にはね!アイツらは人間なんてただの食糧としか思ってないんだからねぇ!」
「そんな事ねぇって!数は少ねぇかも知れねぇけど、個々に自我がある魔物なら…!」
「そう言って大概の連中はムザムザ殺されるんだよ!」
「こんの、べよ姐の分からず屋!!」
「…あぁん?アンタ、今なんつった…?」
「あ、やべっ…!」
私がテロルさんに繋がりそうな事を思い出そうと思考を巡らせている間も、スタナとテロルさんの言い合いはどんどん激しくなって行った。
だけど、スタナが〈べよ姐〉と口にした途端、テロルさんの空気が一気に変わった。
〈べよ姐〉と言う単語は、テロルさんにとっては禁句に当たるのだろうか?
でも、この話の流れはなんだか懐かしい気がする。
「おい、チビ助…もっぺん言ってみな?あ゛ぁ?」
「うっ…!くっそ、こうなったら何度でも言ってやらぁ!べよ姐べよ姐べよ姐べよ姐べよ姐~!!」
「こんのクソチビがぁ!!あたしゃテロルだって何度言ったら覚えんだい!?」
「ぎゃ~!いっでぇ!?やめろよべよ姐!!」
「先に言ったのはアンタだよ!」
テロルさんは、ヤケになって〈べよ姐〉と連呼したスタナを取っ捕まえると、スタナの首を左小脇に抱えるように押さえ、空いた右手の拳を思い切りスタナの頭頂部に押し当ててグリグリと捻った。
これには堪らずスタナも悲鳴をあげて逃げ出そうとする。
そうだ、フラウリアスでもこんな事がよくあった。
という事は、彼女は!
「そうよ!何処からともなく遊びに来てくれてた、お父さんのお友達の人!」
「だぁ~!クソチビ、アンタのせいでこの子まで思い出しちまったじゃないかい!アンタがあの呼び方をするから!!」
「で、でも最初に言ったのはフレスだろ~!」
「え、私!?」
「バカ!まだロクにしゃべれもしない頃の妹のせいにすんじゃないよ!」
「ぎぎゃーー!!」
どうやら私が思い出した人物がテロルさんである事は間違い無いらしいが、テロルさんが嫌う呼び方を最初にしたのが私だったなんて。
話を聞くに、おそらく私がまだ赤ん坊だった頃に言った言葉のようだけど、そんなに嫌な思いをさせていたと思うと、申し訳なくなってくる。
一方でテロルさんは私を責めるつもりは毛頭無いのか、彼女の禁句を連呼したスタナの頭をひたすら攻撃し、スタナの元気が尽きるまで続いた。
それにしても、研究所から逃げ出した時の事とスタナがよく口にしていた優しい魔物の話、それに今思い出した事に間違いがないなら、この人は…
「あの…テロルさん」
「ん?なんだい?」
「私の思い違いでなければ、フラウリアスがヘルプラントに襲われたあの日、私とスタナをグリンフィールの孤児院まで連れて行ってくれたのは…」
「はぁ、そこまで思い出しちまったかい。そうさ、アンタたちをあの要塞みたいになった街まで連れてったのは、アタシだよ」
やっぱりそうだった。
両親や村のみんなが殺されたあの日、私たち兄妹を逃してくれたのはテロルさんだった。
それなら彼女は、今回の件も含めて本当に優しい魔物だという事になる。
私は、そんな人を恐れ避けようとしていたのだと思うと、自分に嫌気が差してくる。
「そんな暗い顔するんじゃないよ。恩人を嫌いかけた事が辛いとか思ってるかもしれないけどねぇ、アタシは魔物なんだ。研究所でのアンタの反応は間違っちゃいない」
「それでも私は、2度もテロルさんに命を助けて貰ったのに!」
「別に、アンタたちのためじゃないよ。アタシは、アンタの親父さんに大きな借りがあるのさ。けど、それをあの人に返す事が出来ないから、代わりにアンタたちに返してるだけさね」
落ち込む私にテロルさんは、女性にしては少し大きな掌で私の頭をワシワシと撫でながら、研究所での私の反応など気にしていないといってくれた。
それに、私たちのお父さんに借りがあるから仕方なくやったのだと。
彼女はきっと、私たちの為ではなく彼女自身が勝手にやった事だと言いたいのだろう。
なんだか似た様な事を、ほんの少し前にもしたなと思う。
彼らとテロルさんは、少し似てるきがする。
「…テロルさんって、本当に優しい人なんですね。あ、テロルさんは魔物だから、優しい魔物が正しいですね!」
「はぁ!?冗談はよしとくれよ。アタシは魔物なんだ。人間にとって良いヤツなハズ無いだろう」
「そんな事ないです!テロルさんはお父さんに借りがあると言いましたけど、お父さんは既に死んでいます。それならもう借りなんて返さなくても良いのに、村から私たちを逃してくれて。それで借りを返したはずなのにまた私たちを助けてくれたんですから、テロルさんは良い人ですよ」
「かっ…参ったね、ここまであの人に似てるとは」
私が思った事をそのままテロルさんに伝えると、テロルさんは大袈裟なくらい驚いて私の考えを否定しようとした。
だけど私が事細かに説明しだすと、次第にテロルさんは目を見開いて口まで開いていき、私が一通り話終わった頃には頭を高く上げて眼元に手を当てていた。
テロルさんの事を思い出してから薄々気付いていたが、テロルさんの言う〈あの人〉とはやっぱりお父さんの事のようだ。
「はぁ…ここまで行くと、アタシの事は忘れろって言っても聞かないんだろうねぇ」
「良い人を避ける理由なんて無いですからね」
テロルさんは、本当はスタナにも言っていたように、テロルさんも含めて全ての魔物に近付かないで欲しいと言いたかったらしい。
だけど私の態度からそれは無理だと判断したのか、テロルさんはゆっくりと深いため息を吐いた。
「ったく、分かったよ。アタシの事を避けろとは言わないさ。言ったところで、今度は兄妹してアタシを探し歩きかねないしね。だけどねぇ、他の魔物は絶対にダメだ!腹ん中で何企んでるか分からないからね」
「テロルさんが大丈夫なら、同じように優しい魔物とも仲良く出来ると思いますけど」
「ほんっと兄妹して同じ事を!」
「きゃ~!テロルさん、やめてください!髪が絡まっちゃいます~!」
スタナほど激しくはないが、私はその後もしばらくテロルさんと押し問答をしていた。
そうこうしているうちに日が沈み、昼間とは打って変わって冷たくなった砂漠のど真ん中で完全に獣化したテロルさんの温かい背中に2人して乗せて貰い一夜を過ごした。
目が覚めるといつの間にか砂漠の街の近くまで来ていて、私たちが眠っている間にテロルさんが街の近くまで移動してくれていた事に驚かされた。
その後、まさかのテロルさんも船便に乗り込んで無事センティネント大陸まで戻り、私たちが今住んでいる場所を知りたいというテロルさんの要望で再び彼女の背中に乗せて貰ってハンティス村に帰ってきた。
昔フラウリアスの人たちにも溶け込んでいたテロルさんは、ハンティスでも上手いこと村のみんなと打ち解け、村の様子や私たちの家を一通り見終わるとニコニコと笑いながらフラウリアスの方へと帰って行った。
「うわ~、ひっさびさの我が家だぜ」
「本当よ、1週間の予定がどれだけ伸びたことか」
「うっ、悪かったって…!」
住み慣れた我が家に帰ってきてやっと2人きりになると、スタナはいつも座る定位置の椅子にドカっと座り込んだ。
その時スタナがつぶやいた言葉にわざと少しトゲを付けて返すと、彼は慌ててバツが悪そうな不安そうな顔で私を見て来るので、思わずクスクスと笑ってしまった。
「私も、ちょっと意地悪しすぎたわ。ごめんなさい」
「いや、あれだけ長く家を空けたうえに危うく研究材料にされかけたんだ。殴られても文句言えねぇよ。もう研究所で殴られてたけど」
「あれは、本当は殴るつもりはなかったんだけど…」
「そうなのか?」
「あっ…!」
久々にスタナとゆっくり家に居られて私も気が抜けていたのか、うっかり研究所で照れ隠しのためにスタナを殴った事をバラしそうになってしまった。
「本当はどうするつもりだったんだフレス?」
「な、なんでも良いじゃない!」
「いや、めちゃくちゃ気になるだろ!」
「わ、忘れて!」
「むちゃ言うなよ~」
照れ隠しだった事は何とか言わずに済んだが、こういう事が発覚した時のスタナはしつこい。
そして人前でもやってしまうからシスコンなどと言われたりまた私が彼を殴るハメになるのだ。
でも、今は家に2人だけ。
つまり他に誰も見ている人など居ないわけで…
「なぁフレス~」
「うっ…本当は…こうしたかったの!」
「うわっ!?」
「…おかえり、スタナ」
「あぁ、ただいま!」
私は〈仕方なく〉あの時やろうとしたように、押し倒す勢いで思い切りスタナに抱き付いた。
いきなり私に抱き付かれたスタナは、驚きながらもしっかりと私を受け止めて優しく抱きしめ返してくれて、私が〈おかえり〉と言うといつもの眩しいくらいの笑顔で返事をしてくれる。
冷静に考えると普通の兄妹はここまでやらない気もするから、私もかなりのブラコンなのかもしれない。
だけど私の場合は、本当にたまにしかやらない。
それに、たった1人の家族と何週間も離れ離れだったのだから、これはブラコンにカウントされない。
誰に弁解するわけでもないのにそんな事を思いながら、もうしばらく兄妹で抱き合った後、2人で夕食を作りながら眠るまでずっとお互いの事を話し合っていた。
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