一晩明けて、俺たちは宿に併設された食堂で朝食を済ませてすぐに宿を出発し、パシエス諸島の海岸沿いを目指して行進していた。
サハギンは主に水辺に生息してるから、海や川の辺りを散策するのはセオリーってヤツだ。
今日が初戦地となるイルがプレッシャーとかに押し潰されてないか心配だったが、フェミリアの横でいつも通りに会話出来てるっぽいから大丈夫そうだな。
それにしても…
「ふふっ…悪しきサハギン共も、このアルドニールの力を悟って隠れているようだね」
「あ~、アルドニールさん。君は魔道士なんだから、隊長たちと一緒に下がっててくださいってば~」
「ふん!サハギンなどに遅れを取るほど、僕は弱くないのでね。心配は無用だよ」
アルドニールのヤツ、どんだけ自信過剰なんだよ。
ああやってタナトが制止すんのももう3度目だし、リルムに至ってはアルドニールに関わりたくないといった感じで少し距離を置いてやがる。
俺みたいに剣や槍とかの前線用武器を使ってるならともかく、あいつが持ってるのは後方支援向きの杖だ。
杖や魔道書なんかは魔法を使うには最適だが、形状変化魔法の〈フェアンデルグ〉や噂に聞いた具現魔法でも使えなけりゃ接近戦は壊滅的に不利になるから下がってて欲しいんだけどな…
多分いくら言ったって聞きゃあしねえんだろうな。
「イル、悪い事は言わねぇから、おまえはフェミリアかメルの近くにいろよ。できたらアルドニールとは距離を置いた方が良いかもな」
「は、はい…私も、アルドニールさんよりフェミさんの近くの方が、安心できます…」
「それにしても彼は想像以上に問題児ですわね。あの行動が凶と出なければ良いのですが…」
俺が安全のためにアルドニールから離れておくようにイルに言い聞かせると、イル自身もアルドニールと距離を置きたいと思ってたみたいだ。
どうやらアルドニールは、人に対しては聖母のようだと言われるフェミリアから見ても問題児に認定されるほどヤバいらしいく、珍しくフェミリアからも苦言が溢れた。
そりゃまあ、アイツ1人のせいで隊列も事前の作戦もほとんど壊されてるようなもんだしなぁ…
アルドニールの身勝手な行動に頭を悩ませ、俺たちは揃って大きなため息を吐いた。
その直後、今までほぼ無言だったメルが普段より少し大きめの声をあげた。
「前方に魔物の反応アリ。数、およそ8」
「タナトさん、アルドニールさん。前方に魔物がいますわ!」
「了~解ぃ~!」
「ふっ、やっと僕の出番のようだね!」
どうやらメルのが持っていた魔物探知装置〈ゲデュムファインド〉に反応が出たらしく、それを聞いたフェミリアが最前線にいるタナトとアルドニールに声をかけた。
もうすぐ海岸に出る頃だし、おそらく俺たちが探しているサハギンだろうな。
魔物出現の知らせを聞いた俺たちは各々武器を構え、アルドニール以外は事前に打ち合わせたフォーメーションをとったが、相変わらず最前線を陣取っているアルドニールに痺れを切らしたタナトが怒鳴りだした。
「あぁ~もう!アルドニールさんが前にいたら俺たちが動きづらいんだから、大人しく下がっててよ~!!」
「そんなもの、この僕が活躍すれば…!」
「アルドニールさん、任務の遂行には協調性も大切です。勝手な行動は謹んでください」
「むっ…!…はぁ、隊長命令なら仕方ない…か」
相変わらずタナトの言い分なんて全く聞かなかったアルドニールだったが、業を煮やしたフェミリアが一喝したらさすがに聞き入れたようで、渋々後方へと下がって行った。
俺たちはやっと態勢が整えられた事でなんとか任務を遂行できると思ったが、これが更なる危険を招いていた事に俺たちは誰も気が付かなかった。
突撃の準備を整えた俺たちが目標の魔物に気付かれないように海岸沿いに近づくと、浜辺に3匹のサハギンを発見した。
「目標確認。相手はサハギンのみ。視認3、といったところだね…」
「あれ…?メルは8匹って…」
「タナト君、サハギンは水生の魔物なんだから、残りはまだ水中に隠れてるって気付かないかな」
前線を守る俺たち3人は木々や茂みの隙間から目視で状況を確認し、リルムが後方に待機しているフェミリアたちに手信号と小声で情報を送る。
メルがゲデュムファインドで見つけた数と合わないとタナトが口に出したが、半ば発言を遮るようにリルムが説明した。
相変わらず嫌味な言い方だけど、リルムの言う通りだ。
更にいえば、メルは「およそ」と言って数を確定していないから、水中じゃ探知能力が劣るのか実際は10~15匹くらい想定しても良いかもな…
「そいじゃ予定通り、俺たちが先行して隠れてるヤツらを…」
「この地を荒らすサハギン供よ、この僕の華麗な技で地に還るが良い!〈ストンニードル〉!!」
「っんのバカ!作戦通りにしろよ!!」
本来なら俺とタナトとリルムで派手に暴れて水中にいるヤツらを誘き出し、上手いこと一カ所に集まったらフェミリアたちの魔法で一掃する作戦だった。
それなのに出しゃばったアルドニールのせいで作戦は総崩れになり、サハギンたちが一気にこちらに注目した。
アルドニールのヤツ、先制攻撃を仕掛けるならせめて1匹くらい仕留めろよ!
「仕方ねぇ…タナト、リルム、迎え撃つぞ!」
「了解~!もう、なんでアルドニールは余計なことしかしないんだよ~」
「つべこべ言っても仕方ないだろう。こうなったら、僕らが盾になって隊長たちに上手く仕留めてもらうしか無いよ」
アルドニールの魔法を受けたサハギンはギョボボという独特の鳴き声で応援を呼び、海中からもザッと6~7匹が沸いて来て集団で襲って来やがった。
作戦が失敗したため、俺たちは予定を変えて敵と仲間の間に立ち魔法部隊のフェミリアたちやイルを守る事に専念する事にした。
しかし、いくらある程度訓練しているとはいえ1人で3~4匹もサハギンを抑えるのは至難の技で、俺たちはすぐに押され気味になる。
「目標補足。範囲魔法、詠唱完了。リルムの援護に入る」
「リルムさん、下がってください!」
「…〈フレイムウォール〉」
だがその時、瞬時に状況を判断したメルがリルムの前方に炎の渦を発生させて敵を焼き尽くすフレイムウォールを放ってリルムに向かっていた3匹を一気に倒してしまった。
フェミリアの掛け声もあってリルムは瞬時に飛び退いたが、メルの放った魔法はリルムが飛び退かなくてもギリギリ当たらない絶妙な位置で発動していた。
あれだけの精度と威力は、味方としてはとても頼りになる。
フェミリアも動き回る俺の肩越しに魔法を通過させて敵に当てるというスゴ技を使えるし、これならなんとかなる。
そう思えたってのに…
「ほう、貴女もなかなかやるではないか!ならば僕だって支援してあげよう、〈サンドストーム〉!!」
「お二人とも、逃げてください!!」
「うわっ危ねぇ!…って、タナト!!」
「うわぁ~!!」
またアルドニールのヤツが最悪な位置とタイミングで強力な砂嵐を発生させるサンドストームを放ったせいで、フェミリアの声に反応できた俺はなんとか回避できたが、サハギンと鍔迫り合いになっていたタナトは逃げる事が出来ずにサハギンと一緒に砂嵐に呑まれちまった。
この砂嵐は相当強くて、タナトもサハギンも全く見えねぇからタナトを救出する事もままならねぇ。
アルドニールのヤツ、俺たち前衛をなんだと思ってんだよ!
「ふふっ、砂嵐で閉じ込めてしまえば僕のモノだ!グランど…!!」
「や、やめてください!!」
「な!?何をするんだ!!」
まだタナトが砂嵐に呑まれたままだってのに、アルドニールのヤツは地属性魔法の中でも上級に位置する魔法を放とうとしやがった!
だが、この状況を見ていられなかったイルがアルドニールに飛び付いて強制的に上級魔法を阻止した。
「今ですわ!メルさん、私に合わせてください!」
「了解。…散水準備、完了」
「行きますわよ!「…〈レイニール〉」!!」
イルの行動を好機と読んだフェミリアは、メルと共に砂嵐の上から雨のように水を撒き散らすレイニールを唱えて砂嵐を消してくれた。
砂嵐が消えた事を確認した俺とリルムは、急いでタナトの救出に向かった。
「サハギンは俺がなんとかすっから、リルムはタナトを頼む!」
「タナト君、僕の肩に掴まれ!」
「げっほ…うぅ、目が…」
どうやらタナトは砂嵐に目をやられちまってまともに動けないようだが、邪魔な砂嵐が消えて自由になったサハギンたちも一斉にタナトに襲い掛かろうとして来た。
そのため俺はリルムにタナトを任せてサハギンたちの前に立ちはだかり、昨日のリルムにしたようにサハギンが手に持っている槍や棍棒を上手く弾いて2人が退避する時間を稼ぐ。
「タナト君は確保したよ、スタナ君!」
「よし!そんじゃ、これで終わらすぜ!二刀流、スパークラッシュ!!」
俺はリルムがタナトをサハギンから遠ざけた事を確認すると、腰に付けていた短剣を抜き両手にそれぞれ持った剣に雷撃を纏わせてサハギンたちを次々と斬りつけた。
砂嵐を抑えるためにフェミリアたちが放ったレイニールによってびしょ濡れになっていたサハギンたちに俺のスパークラッシュは効果てき面で、斬りつけた側から感電して皆すぐに動かなくなった。
全てのサハギンが動かなくなった事を確認した俺は、急いでタナトたちの方へと合流する。
「タナト、大丈夫か!?」
「うぅ~…まだちょっと痛いけど、イルちゃんが洗ってくれたからゴロゴロした感じは無くなったよ」
「あぁタナト君、そんなに擦ったら更に痛くなるよ」
タナトの話を聞くに、どうやらリルムの手を借りて後方に下がったタナトは、俺がサハギンを倒してる間にイルに応急処置をして貰ってたみたいで、目をシバシバさせながらも無事だと言い張った。
だが、試しに俺が指を2本立てて見せたらタナトは3本に見えるとかって言うからまだ安心は出来なそうだ。
事の元凶であるアルドニールはといえば、俺たちから少し離れた場所でフェミリアと口論になっていた。
フェミリアとアルドニールの声音から察するに、フェミリアの方は怒り心頭といった感じだが、アルドニールの方は反省なんてサラサラしてないような感じだ。
むしろ更にフェミリアの怒りに触れるような事を言ってるのか、アルドニールが口を動かす度にフェミリアの怒号がより強く響いてくる。
とりあえずタナトの事はイルとリルムに任せて、俺はフェミリアたちの方へと向かった。
「いい加減になさい!貴方のせいでタナトさんは死にかけたようなものなのですから、一言詫びるくらいなさったらどうなんです!!」
「君もおかしな事を言うね。なぜ僕たち貴族が平民上がりの捨て駒に頭を下げなければならない?理解に苦しむよ」
「なんですって!?貴方は命をなんだと…!!」
「おいフェミリア。いくらおまえでも、ここまでのバカ相手に説教なんてムダだろ」
「ですがっ!」
なんだなんだ。
今チラッと聞いただけでもアルドニールのヤツ、相当酷ぇ事言ってやがるな。
ひとまずこのままだと埒が開かなそうだから、俺はアルドニールを少しバカにしながらフェミリアを引き剥がしに掛かった。
初めこそまだまだ文句を言い足りないといった風のフェミリアだったが、本人もいくら言ったってムダだと少し思っていたようで、苦虫を噛み潰したような顔をしながら俺に向き直った。
「…申し訳ありませんわ。私まで冷静さを欠いてはいけませんのに…」
「いや、ここまでオカシイ人間は相当少ねぇから、頭に来るのも仕方ねぇだろ。それより、タナトも目を負傷しちまったし、このままアルドニールを連れて行軍すんのは危険だから、一度撤退しねぇか?」
「そうですわね」
「撤退?何をバカな事を言っているんだい!たかが捨て駒が1つ傷付いたくらいで…」
「捨て駒ですって!?」
「フェミリアはみんなの意見でも聞いて来いよ。それとアルドニール、テメェのそういう考えが危ねぇって言ってんだ。こんな行軍を続けたらどうなるか、少し考えりゃ分かるだろ」
「なっ!?この僕をバカにしているのか!」
俺に向き直ったフェミリアは少し頭が冷えたようで、迷惑をかけたとわざわざ頭まで下げて来た。
正直、アルドニールみたいなヤツは一度死ぬ目を見ないと治らねぇから、フェミリアが謝る必要なんてねぇんだけどな。
とりあえず現状からこのままだと死傷者が出かねないと判断した俺がその旨をフェミリアに進言すると、フェミリアも同意見とばかりに即肯定してくれた。
だが、仲間が負傷した事を何とも思っていないアルドニールが意を唱えて来た事でまたフェミリアと口論になりそうな雰囲気になっちまったから、俺はフェミリアを他のみんなの方に行くように頼んでアルドニールの相手をする。
異常なまでに自己中心的で気位が高いアルドニールは、正論にちょっと煽り文句を付けただけで俺に激怒しだした。
ここまでは予想通りだ。
この後は極力感情を出さないように正論で論破すりゃ、そのうち黙る。
そう思って俺が口を開こうとした時、突如メルが大声を出した。
「緊急事態!!森林方面より魔物襲来中!数5、到着予測およそ2分!」
「なんですって!?」
「直線的に接近中。有翼族の可能性大」
「分かりました。皆さん集まって、私の指示に従ってください!」
メルの緊急報告を受けたフェミリアは目を見開いて驚愕の声をあげたが、すぐに我に返って全員の統率を図る。
この地域にいる有翼族だと、人間の女の手足が鳥の羽と鉤爪になったようなハーピィか?
通常なら焦らず対処すりゃなんとかなる。
だが戦闘経験皆無なイルと人格に問題だらけのアルドニール、加えてタナトも負傷しちまってる事を考えると、戦況は良くねぇ。
「有翼族と戦うなんて聞いてないぞ!?僕は降りるからな!!」
「あっ…待って…!」
「邪魔だ、退け!!」
「ひゃっ…!!」
話が違うとばかりに慌てふためいたアルドニールは、今度は勝手に逃走しようとしだし、あろう事か制止しようとしたイルを突き飛ばして1人で逃げて行きやがった!
幸い側にいたリルムがイルを支えてくれたおかげでイルに怪我は無さそうだが、血相を変えたアルドニールに突き飛ばされた事で一気に不安にかられちまったらしく、イルの両足が分かりやすいほど震えていた。
俺もイルの側に行きたかったが、森の方からハーピィの群れが現れてイル達を狙ってきたため俺はハーピィ達に斬りかかった。
「イルに近くんじゃねぇ!!」
ーーピキャッ!ア…ーー
「イル、落ち着いてください!私たちが付いていますから」
「は、はぃ…っ!」
勢いに任せた俺の攻撃は最もイル達に近付いていたハーピィの急所を深く抉ったらしく、一撃で屠る事が出来た。
残りの4匹は俺を警戒して高く飛び上がり、俺たちの隙を伺う様に旋回しだした。
イルの方はフェミリアの掛け声になんとか返事できてるが、あの様子じゃいつパニックになってもおかしくねぇ。
イルが落ち着いていればリルムたちと先に逃がす事も出来たけど、今の状態じゃ下手に分裂しない方が良さそうだ。
本当に厄介事しか起こさねぇなアルドニールのヤツ!
俺が状況の悪さに無意識に舌打ちをしたとき、背後からフェミリアに声を掛けられた。
「スタナさんも落ち着いてください。貴方が苛立っていたら、イルにも伝わってしまいますわ」
「わりぃ…せめてイルだけでも逃がせればって思ったら、つい」
「つまり、イルの安全が確保できれば思う存分戦えると」
背後から囁やくように俺をたしなめたフェミリアは、俺がこぼした愚痴を聞くとフムフムと1人で頷き出し、何かを思い付いたようにハッと顔を上げて声を張り上げた。
「作戦変更ですわ!リルムさんとメルさんは、タナトさんとイルを全力で守りなさい!」
「待ってください隊長!俺だって…」
「タナトさんは、イルの側に待機して彼女に近付くハーピィを薙ぎ倒してください!目が霞んでいても、人間と魔物の区別はつきますね?」
「はい!そのくらい余裕です!」
フェミリアは部隊の面々にイルの守りを任せると伝えると、これでどうだとでも言うように胸を張りながら俺の方に顔を向けてきた。
何度見てもこのしてやったり顔はムカつくけど、これでイルの心配をする必要がほぼ無くなるのはありがたい。
まったく、フェミリアのヤツ…
「ほんっと、ムカつくくらい上手く指示出すよな」
「ふふ、お褒めに預かり光栄ですわ。では、参りますわよ!」
「おぅ、確実に仕留めろよ!」
「スタナさんこそ、うっかり啄ばまれたりなさらないでくださいね」
後方のリルム達に視線を向ければ、フェミリアの指示通りにしっかりイルを守るように取り囲んでいた。
それを確認した俺とフェミリアは互いを軽く貶すような言い方で鼓舞すると、俺はハーピィ達の視線を集めるようにヤツらを追い回し、フェミリアは魔法の準備に取り掛かった。
「くっそ、さっさと降りて来やがれ!〈リューレイ〉!!」
ずっと高所を逃げ回るハーピィ達に嫌気がさした俺は、ハーピィ達が飛び回っている辺りに小さな落雷を雨のように降らすリューレイを放った。
高く飛んでいれば俺の攻撃なんて届かないと思ってたハーピィ達は急な落雷に驚き、そのうち1匹は避けきれずに俺の頭上に降ってきた。
俺は羽を怪我して降って来たハーピィを半歩下がって避けると、即座に剣を突き立ててハーピィの動きを止めた。
深く突き立てたせいで俺が剣を引き抜くことに手間取っていると、空中にいた2匹のハーピィが好機とばかりに急降下してその鋭い脚爪を俺に突き立てようとして来やがったが、それを予測していた俺はタイミングを見計らって声を張り上げた。
「今だフェミリア!!」
「分かっておりますわ!光の射撃を受けなさい、ティローレイ!!」
あと十数センチまでハーピィの脚爪が俺に迫って来たところでフェミリアの放った光の弾丸ティローレイが飛んできて、的確にハーピィ達の急所を貫いた。
これで残るはあと1匹。
俺は剣を引き抜きつつ最後の1匹を探して辺りを見回すと、俺とフェミリアには勝てないと踏んだのか、イル達の方に飛んで行くところだった。
「やべっ…!イル!!」
「お待ちになってください」
このままじゃイルが危ないと思った俺は全力でハーピィを追いかけようとしたが、なぜかフェミリアに腕を掴まれて止められちまった。
こんな時に、何考えてんだよフェミリアは!?
「放せフェミリア!!」
「大丈夫ですわ。リルムさん、貴方の出番ですわ!」
フェミリアが俺を引き止めながらリルムに呼び掛けると、リルムは無言で頷いてハーピィに突進して行った。
ハーピィもリルムの行動を見て上空を通過しようと高く飛び上がって行く。
これじゃあリルムとイルの距離が離れた事でよりイルの守りが手薄になっちまう!
コイツらに任せてたらイルが危ない、そう思って俺がフェミリアの腕を振り払って駆け出そうとした時だった。
「なにも、槍は地上でしか使えないって訳じゃないんだよ」
そう呟いたリルムは槍を高跳びの棒の様に扱って高く飛び上がると、上手く空中で体勢を変えて勢い良く槍を突いた。
その切っ先はまるで吸い込まれる様にハーピィの胸に刺さり、これまた器用にハーピィを下敷きにする様な体勢に持っていくと、落下の勢いを上手く利用して着地しながら更に深く槍を突き込んだ。
あれは、確実に仕留めたな。
「すげぇな…」
「リルムさん、上出来ですわ」
「とんでもない。あと1秒早く上昇されていたら、初撃が甘くなって仕留め損なっていました。僕もまだまだですね」
リルムはそう謙遜するけど、空中に飛んでる敵を突くのはそう易々出来るもんじゃねぇ。
そこに槍を使った高跳びを加えてすばしっこいハーピィを仕留めるなんざ、腕の立つ槍使いでもなかなか出来ねぇ芸当だとも聞いた事がある。
前に手合わせした時はたまたま俺をナメてかかったから負けただけで、ちゃんと相手を見定めて戦えばけっこう腕が立つんだな。
「戦闘、終わった?」
「全反応が消滅した事を確認。我々の勝利」
「はぅ~…こ、怖かったです…」
俺がリルムのスゴ技に感嘆していると、未だに目をショボつかせているタナトがその場の雰囲気が和らいだ事を察知して声を上げ、メルが探知機の反応が無くなった事を淡々と告げた。
周りの魔物が一掃された事に安堵したイルは、膝や靴下が砂まみれになる事も気にせずヘナヘナと砂浜に座り込んでしまった。
そりゃ戦える俺たちでさえ焦りを隠せなかったんだから、戦う術も持たないイルは死を覚悟させられるくらい怖かっただろうな。
「リルム、もしかしてさっき槍でハイジャンプする技でハーピィを倒したの!?うわ~ん、また見損ねた~!!」
「あのねぇタナト君、この技は見せ物じゃないんだけど」
「スタナに雷魔法の素質を発見、教授願いたい」
「俺の魔法は我流が強いからやめた方が良いぜ?それより今はイルの方が心配なんだ、悪りぃな」
さっきまでイルの側にいたタナトとメルは、戦闘が終わった事で緊張を解いて俺たちの方に駆け寄って来た。
どうやらタナトはさっきのリルムの技を間近で見た事が無かったのか、目を負傷しているせいでせっかくのチャンスを逃したと悔しがり、メルに至っては俺に魔法を習いたいとか言ってきた。
だが俺の魔法は教本を参考にしつつも師といえる人に習っていないせいで基本から少し違うらしい。
そのうえ、「俺と全く同じスタイルで戦わないヤツが下手に覚えると以前の魔法の使い方に戻れなくなる」と先立魔導師に言われた事もあったから即行で断った。
そんな事より俺は、危機が去ったにしてもイルを1人で置いておく事が不安で、イルのすぐ側まで駆け寄った。
「イル、よくアルドニールが逃げ出した時にパニックになったり逃げたりしなかったな。えらいぜ」
「そ、そんな事、無いです。むしろ、皆さんの足を引っ張ってばっかりで…」
「そんな事ねぇよ。頑張ったな」
俺がイルの近くに来てみると、イルは過度な緊張と恐怖から目元に涙を滲ませながら荒く呼吸を繰り返していた。
俺はイルの涙を手で軽く拭いながら慰めて、優しく安心させるようにイルの頭を撫でた。
するとイルは、さらに顔を赤らめながら瞳をキュッと閉じて少し俯いちまった。
子供扱いされたと思って恥ずかしくさせちまったかな…?
そう俺が思った時、イルの背後、海岸線の辺りで影が動いた。
「…ん?っ!!イル、危ねぇ!!」
ーーギシャ~!!ーー
「ひゃっ!…あっ…スタナさん!!」
「痛っつ…!こんの魚ヤロウ!」
どうやらまだサハギンの残党が海の中に潜んでいたらしく、俺たちが完全に油断しきったところを狙われた。
イルは俺が咄嗟に押し倒した事で無傷だったけど、俺自身は避け損なってサハギンが投げてきた錨が左肩に直撃しちまった。
左肩からは血が滲んでるが、幸いそんな深い訳でもなく脱臼した感じでもないと即座に判断し、錨を投げてきやがったサハギンに突撃して一太刀あびせてやった。
だが俺の一撃は急所を外し、反撃されたサハギンは再び海に逃げ込もうと背を向けて走り出したが、ここで思わぬ追撃がサハギンを襲った。
「ちょっと~!こんな重たいモノ、人に投げるな~!!」
「スタナさん、避けてくださいまし!」
「うわっ!?タナト、おまえ錨投げ返すなって!!」
俺の肩に当たった錨をタナトが思いっきり投げ返し、俺がフェミリアの声で何とか投げられた錨を避けると、見事に逃げるサハギンの背中に直撃してサハギンごと海に沈んで行った。
ある意味ファインプレーだけど、危ねぇからせめて目が無事な時だけにしてくれよ…
「…ったく、危ねぇだろタナト!もしイルに当たったら…!」
「ごめん、スタナなら避けられると思って。それより、さっきからイルちゃんが小刻みに震えてるみたいだけど大丈夫?」
「へ?あっ、イル!」
どうやらタナトの目は知り合いを判別できるくらいには治ったらしいが、危ねぇ事には変わりねぇと文句を付けようとしたけど、タナトがイルの様子がおかしいと言いだしたから俺はイルの方を見た。
するとイルは顔を真っ青にして過呼吸を起こしていて、ひと足早く気付いたフェミリアとリルムが声を掛けているところだった。
「イル、もう大丈夫ですわ。お気を確かに」
「セイレイン嬢、落ち着いてください」
「リルム、イルは!?」
「おそらく、気を抜いたところを襲撃されてパニックになってしまったんだろうが…どうも僕たちの声も存在さえも気付けないくらい混乱してしまってるみたいだ」
やっぱり、さっきの不意打ちでとうとうパニックになっちまったのか。
だが幸い前にもイルが驚いて過呼吸になった事があったから、多分治してやれると思った俺はイルのすぐ前に腰を下ろすと、自分の胸にイルの顔を埋めるように抱きしめながら声をかけた。
「イル、今度こそもう大丈夫だ。な?」
「はふっ…はひっ!」
「そうだ、ちょっとずつで良いから、深呼吸な」
俺がイルを抱きしめてゆっくり背中をさすりながら声を掛けると、次第にイルの呼吸がシャックリみたいに止まったり呼吸したりを繰り返してきた。
イルが恐怖などから過呼吸になった時は、ただ声をかけるよりも全身を包むように抱きしめて背中をさすった方が近くに人が居ると分かりやすいのか、比較的早く呼吸が落ち着いていく。
「…うっく…あ…スタナ、さん…」
「やっと落ち着いてきたな。大丈夫かイル?」
「はう…私っ、わたし…!ふわぁ~~あぁ!!」
「うわっ!泣くなよ、怖い思いさせて悪かったって」
今回もこの方法で合ってたみたいで、次第に呼吸が落ち着いてきたイルは俺の顔をしっかり見て確認すると、今度は堰を切ったように泣き出しちまった。
しばらくはイルが泣き止むのを待っていたが一向に泣き止む気配がないから、そのままなんとかイルを抱き上げて街まで戻って行く事となった。
俺たちが宿に戻ると、途中で逃げて行きやがったアルドニールも1度宿まで戻ったのか、アイツの荷物だけがそっくり無くなっていたから勝手にサッサと帰って行ったんだろうな。
散々泣き腫らしたイルは街へ戻る途中で眠っちまったようで、俺の腕の中でスヤスヤと寝息を立て、けっきょく宿に戻っても起きないまま翌朝までグッスリと眠っていたらしい。
ま、過度に緊張して疲れちまったんだろうな。
なにはともあれ無事に任務を遂行した俺たちは、昼までゆっくりと身体を休めてからグリンフィールの教団員用の寄宿舎に戻って来た。
寄宿舎に戻ると、イルは書類をまとめると言ってそそくさと自分の部屋に戻り、フェミリアも今回の件を上層部に報告しに向かうと言って解散宣言を出して行った。
その日の晩フェミリアが俺の部屋にやって来て、明日はイルが無事に報告書を提出するまで付いて行って欲しいと頼んで来たから、俺は二つ返事で引き受けた。
半ば忘れかけてたけど、今回イルは無理やり監督官の仕事をさせられたんだよな。
その事が表にバレないよう、あのクソ上司がまたイルにちょっかいを出さないとも限らねぇしな。
明日はイルの護衛が入った事もあり、俺はフェミリアが帰ったあと早々に眠った。
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