南に向かった私たちはグリンフィールが見えなくなるまで馬を走らせ、その先に見えた街道の休憩所で朝食をとる事にした。
ここは辻馬車や物資輸送などで街道を通る人々が休息を取れるようにと作られた大切な場所。
とはいっても整地された地面が広がっているだけで机も椅子も無く、早朝だったことも重って今ここにいるのは私たち三人だけのようだ。
「とりあえずここで朝ご飯にしましょう」
「フレス、私は肉が食べたいわ」
「えっ、朝からお肉!?」
「ワーウルフは本来肉食だからね。それにしても、人間は朝から肉を食べる事はほとんどないって聞いてたけど、そんなに驚く事なんだね」
馬から降りた私が朝食の準備を始めるとレオナが朝からいきなり肉を所望してきて、朝から肉なんて食べたら胃がおかしくなりそうだと思った私は驚いて聞き返した。
しばらく人の姿をしたレオナしか見ていなかったせいで忘れかけていたが、楽しそうなオリ君の一言から彼女が本来肉食であるワーウルフだった事を思い出す。
彼女の要望に応えるため、持っていた干し肉も使おうと鞄を掴んだ時だった。
「ぎゃ~!!」
突如響いた悲鳴に顔を上げると、街道脇の茂みから二人の男が飛び出してきた。
その直後、男たちを追うようにゴブリンの大群が現れて男たちはあっという間に囲まれてしまった。
「いけない、早く助けなきゃ!」
「待ってフレス、朝食は?…って、行っちゃった」
「仕方ない、僕らもフレスさんを手伝おう」
その光景を見ていられなかった私は勢いよく駆け出し、オリ君とレオナも早く朝食にありつく為にとゴブリン達に向かって走り出した。
先に駆け出した私が目の前にいた二体のゴブリンをブロウエッジで仕留めると、オリ君は持ち前の素早さを活かして一気に私を追い越して私が倒したゴブリンの両脇にいた二体を蹴り飛ばし、レオナも援護するように後方から弓を放って男たちまでの通り道を確保してくれた。
後方からレオナの放った矢が飛んできた時は、また軌道が急変してオリ君や男達の方へ行ってしまうのではないかと肝を冷やした。
だが、以前スタナが弦の調整をしたおかげか、今回は真っすぐゴブリン達に向かって矢が飛んで行ったので私は安心して彼女に援護射撃を任せてオリ君の元へと走った。
「オリ君もレオナも、協力してくれてありがとう!」
「お礼はいいから、早くあの二人を確保してくれないかな。変に動かれると巻き添えにしちゃいそうだよ」
「そうね。このままだとレオナも援護しづらいだろうし、私が行って保護するわ」
オリ君に追いついた私がお礼を言うと、珍しく悪態をつくようにそう返されてしまった。
確かに男たちはゴブリンから逃げ惑うように右往左往して次の動きが全く読めないため、私はオリ君に「ごめんね」と一言謝りながら男たちのもとへと向かった。
「お二人とも、大丈夫ですか」
「その格好…あんた、魔道士か?こんな街はずれで助けが来てくれるなんて…これはきっと神のご慈悲だ!」
「あぁ、きっとそうだ。双子女神様、ありがとうございます」
「あの、敵はまだまだ残ってますから、気を抜かないで。私の傍から離れないでください」
私が男たちに声をかけると、先ほどまで慌てふためいていた彼らは助けが来たことに喜び敵陣のど真ん中であるにも関わらず女神様に感謝の祈りを捧げだした。
〈双子女神〉と口にしている事から彼らはアルメリス教の信者のようだが、いくら私たちが助けに入ったとはいえ、こんな場所でゆっくり祈りだすなんて危険なこと極まりない。
アルメリス教を信仰するのは構わないが、せめて敵から逃げ切るか倒しきってから祈ってもらいたいものだ。
以前スタナが「アルメリス教の信者はどこでも祈りだすから、助けに入る時は気を付けろ」と言っていたのはこういう事だったのか。
「ギギャギャ!」
男たちの行動に呆気に取られていると、彼らの背後から棍棒を持ったゴブリンが襲い掛かって来た。
私が油断した隙をつかれ、慌てて小柄な方の男を押しのけながら杖を剣に変えてゴブリンを切り倒した。
「いけない!風の剣よ…!!」
「おぉ、杖が剣に…!」
「そしてこの鮮やかな剣裁き、さすがは女神様の遣わしてくださった魔道士様だ!」
不意を突かれ、いきなり男を突き飛ばしてしまった事で彼らの不安を煽ってしまったかと焦ったが、男たちは私たちを女神の遣いだと信じ込んでいるようで全く動じていなかった。
それどころか、兄譲りの力任せな叩き切りに歓声をあげている。
正直なところ、私の剣は「子供が棒を振り回して遊ぶ延長」と怒られてしまうくらいお粗末なものなのだが、それでも今の彼らにはすごい奥義のように見えているらしい。
「えぇっと…仲間がゴブリン達を抑えているうちに休息所まで避難しますので、ついて来てください」
「はい、魔道士様の仰せのままに」
さらに彼らは、まるで魔物の襲撃を想定した避難訓練でもしているかのように落ち着いて私の指示に従ってくれる。
何処でも祈りだす事はどうかと思ったが、人を救助する時に一番困ってしまうのは救助対象がパニックを起こして収拾がつかなくなる事なので、落ち着いて行動して貰えるのはありがたい。
このまま休息所まで避難できれば、心置きなく残りのゴブリンを倒して終わる。
そう思っていたのだが…ここで予期せぬハプニングがおきてしまった。
「…もう、ちょこまかと面倒くさいわね。ウガァァ~…!」
「ひぃ~!こ、この女…半獣だ、ワーウルフだ!!」
「落ち着いてください!彼女は敵ではないですから」
「害悪の元である魔物が味方であるもんか!ま、まさかあんた、魔道士でありながら魔の一族に下って、俺たちを騙してたのか!?」
弓の軌道は安定していたが、思うように矢を当てられない事に痺れを切らせたレオナが半獣化して戦いだしてしまったのだ。
女神の遣いだと思っていた者が魔物であった事に驚いた男たちはパニック状態になり、先ほどまで聞いてくれた私の言葉にも耳を傾けてくれない。
それどころか、私まで魔物の手先ではないかと疑われ胸倉を掴まれてしまい、一気に最悪な状況になってしまった。
「とにかく、落ち着いてください」
「こんな状態でどう落ちつけって…ぐはっ!」
「こ、この小さいの、吸血鬼…ぐふぇ!」
私が男たちに囲まれて目を白黒させていると、私に掴みかかっていた男が突然小さな悲鳴をあげて倒れてしまった。
倒れた男の首に強く叩きつけたような跡がある事といつの間にか目の前にオリ君がいた事から、オリ君が男の首を強く叩いて意識を奪ったのだろう。
だが私の目にも止まらない速さで動いたせいでオリ君のフードが外れて顔が見えてしまい、彼が吸血鬼だと知ったもう一人の男が悲鳴をあげようとする。
するとオリ君は再び見えないくらいの速さで移動して、男が悲鳴をあげる前に男の腹部を蹴り飛ばして倒してしまった。
「まったく。いくら気が動転したとはいえ、女性に掴みかかるなんて失礼にも程があるね。あ、気絶させただけだから心配しなくても大丈夫だよ」
「それなら良かった…でも、オリ君もレオナも彼らを助けようとしてくれたのに、二人が魔物だったってだけであんなに態度が変わっちゃうなんて…」
「いや、魔物に対しての反応なんてこんなものだよ。むしろ僕らに驚かなかったフレスさんやスタナさんの方が変わってるんだから、もう少し魔物に対して注意しないとダメだよ」
男たちを殴り倒したオリ君は倒れた男たちに冷ややかな視線を送りながら呟き、私の視線に気が付くと殺してはいないからと説明してくれた。
彼らの安否が心配だった私はオリ君の一言を聞いてひとまず安心して胸を撫でおろすが、男たちの豹変ぶりがショックで気が落ち込んでしまう。
だが、ひどい言われようをしたオリ君は全く動じておらず、むしろ私たち兄妹の反応の方が異例で危ういと怒られてしまった。
宿屋で彼に諭された時も思ったが、彼の言動は時折大人びていて、まるで村長や長老といった人たちのような貫録を感じさせられる。
その貫録のせいか、私はいつの間にか正座をしながら彼の話を聞いていた。
しばらくオリ君の話に聞き入っていたが、ふとレオナやゴブリン達の声が聞こえないことに気が付いき、途端にレオナの安否やゴブリン達の動向が気になって慌てて辺りを見回した。
すると、いつの間にかゴブリン達の姿は無くなっていて、奥の茂みからレオナがゆっくりと歩いてくる姿が見えた。
「オリ、ゴブリンは全部倒して片付けたわ。」
「お疲れ、よくやったねレオナ。でも、フレスさん以外の人間がいるところで獣化したらダメじゃないか。今の僕らはフレスさんのお手伝いをするていで旅に連れてきてもらってるんだから、不用意に変身してフレスさんを困らせないようにしないと」
話によるとゴブリン達のほとんどはオリ君とレオナに倒されていたようで、街道に彼らの倒れた姿が一切ないこととレオナの発言から、彼らの死体はレオナが街道の外に持って行ってくれたようだ。
オリ君は少し遅れて戻って来たレオナを軽く褒めた後、私がレオナに注意したかった獣化の事まで彼女に言い聞かせてくれた。
オリ君に注意されたレオナは軽く俯きながら不服そうにしていたが、小さな声で「ごめんなさい」と言っていたので、獣化の件について私からは言及しないでおこう。
何はともあれ、ゴブリン達の件はひと段落着いた。
だが問題は残っており、オリ君とレオナの正体がバレてしまった以上このまま彼らを連れて近くの村まで行くことは出来なくなってしまった。
かと言って、ここに置き去りにしてはまた魔物に襲われてしまうので放っておく訳にもいかず、私はウンウンと唸りながら頭を抱えてしまう。
すると不意にオリ君が私のローブを軽く引いて声を掛けてきた。
「ねぇフレスさん。フレスさんが悩んでるのは、この人間たちをどうしようかって事だよね。それなら僕に任せてもらえないかな」
「え、いったいどうするの?」
妙に嬉しそうな顔をしているオリ君に何をしようとしているのか聞いてみるが、ニコニコと笑ったままでなにも返事を返してこない。
そして彼はおもむろに気絶している男たちに近づいてしゃがみ込むと、無言で合掌しだした。
そして…
「頂きま~す。はぐ…」
「オリ君!?殺しちゃダメよ‼」
いきなり男の腕に噛みつき、血を吸いだしたのだ。
さすがにこれには驚いた私は男からオリ君を引きはがそうとするが、オリ君はおよそ子供とは思えないほどガッチリと男の腕を掴んでいて、けっきょく彼が自分から口を離すまで男を引きはがすことが出来なかった。
「ふぅ~、やっぱり人間の生血は美味しいね。若い女の人ならなお良かったけど…さてと、もう一人も…」
「ふぅ、じゃないわ!お願いだから、せめてこの人だけは殺さないで!!」
「大袈裟だなぁフレスさん。ちょっと貧血になる程度しか飲んでないから大丈夫だよ」
「大丈夫よフレス。この男、まだ息をしているわ」
「え、生きてる?…って、息を止めさせたら本当に死んじゃうからやめてレオナ!!」
男の腕から口を離したオリ君は、そのままもう一人の男の血を飲もうと動き出しす。
せめて一人だけでも助けたいと思った私は、まだ血を吸われていない男に被い被さりながら止めるようにとオリ君に懇願した。
するとオリ君はまるでイタズラが成功したと言わんばかりに笑い、レオナはオリ君に血を吸われた男がまだ生きている事を証明するように男の口と鼻を抑え、男は苦しそうに顔を歪めた。
男が生きていた事には安堵したが、今度はレオナが男を窒息させそうになり、慌ててレオナに飛びついて手を離させる。
幸いレオナはすぐに手を離してくれたので良かったが、その隙にオリ君はもう一人の男の血も飲んでしまっていた。
1人目と同じく加減して血を吸ったのだろうとは思うのでどうこう言う気はないが、二人のおかげで一気に疲弊した私はその場に手をついて大きく息を吐きだす。
おそらくオリ君はイタズラ感覚で、レオナも悪気など無くやったのだろうが、どちらにしても冗談の範疇を超えていて私の心臓に悪いのでやめてほしい。
「う~ん、ちょっとやり過ぎちゃったかな」
「フレスは心配し過ぎよ。人間だって3分くらい呼吸しなくても平気でしょ」
「いや、人間は下手をしたら1分か2分くらいで心臓が止まっちゃうから、不用意にやったらダメだよレオナ」
「はぁ…2人の感覚にはついていけないわ…」
私からしたらありえない事を平然と、しかも連続して話したりやってのけたりするものだから、もうツッコむ気力も起きずその場にうなだれてしまう。
そんな私を見た2人はさすがに脅かし過ぎたと思ったのか、レオナは私の肩に手を置きながら謝り、オリ君も少し申し訳なさそうにしながら何故男たちの血を吸ったのかを話しだした。
「ごめんねフレスさん、ちょっとやり過ぎたよ。でも、ただお腹が空いたから彼らの血を飲んだ訳じゃなくて、彼らを一時的に僕の眷族にしてここで僕らと会ったことを忘れてもらおうと思ったんだ」
「それならそうと、先にちゃんと言ってくれれば良かったのに。私はオリ君が彼らを殺しちゃったと思って、本当に驚いたんだから。それにしても、吸血鬼の洗脳能力って記憶を書き換える事も出来ちゃうの…?」
「なんでもできる訳じゃないけど、よほど自我が強い人間じゃなければ直前の出来事くらいは簡単に消せるよ。基本的にヴァンガルト樹海に入ってきた人間には同じことをして帰ってもらってるんだ」
「だからたまに樹海に入った理由も忘れて戻ってくる人がいるのね」
オリ君の話によると、吸血鬼の洗脳能力は記憶の操作もできるようで、過去にもヴァンガルトに入った人間に同じことをして村へと返していたというのだ。
確かにハンティス村では度々、なぜ樹海に入ったのかも忘れた村人が帰ってくるという「プチ記憶喪失事件」が起きていて不思議に思っていたが、それもオリ君たちの仕業だったようだ。
そして今回もオリ君は、その能力を使って男たちに私たちと出会った事を忘れさせて、彼なりに穏便に事を済ませようとしたらしい。
オリ君の説明に納得し、今度こそ安心して気を抜いた途端にグ~っと私のお腹が鳴り、まだ朝食を食べていなかったことを私に告げてきた。
その音を聞いたレオナも思い出したように肉が食べたいと言い出したので、男たちを連れて馬車に戻り、急いで朝食を食べて街道の休息所を後にした。
それから日暮れまで南に進むと、この大陸最南端の村〈モコディア〉が見えてきた。
ここモコディア村は、広い土地を利用して牛や豚や羊などを放牧して育てる畜産業を生業としている村だ。
夕方ということもあって、多くの人が柵の中で自由に歩き回る動物たちの餌やりや道具の片づけをしている最中のようだ。
「動物がいっぱい」
「ここならたくさん肉が買えそうだね」
「お肉も美味しいけど、ここのチーズやヨーグルトもすごく美味しいのよ。でも、その前にこの人たちを引き取ってもらわないと」
たくさんの家畜を目にしながら名産品の話をすると、肉に目がないレオナはゴクリと唾を飲み込み期待するような眼差しで私とオリ君の顔を凝視してくる。
私もここで肉とチーズは買っておきたいと思っているが、まずはこの村で男たちを引き取ってもらえない事には先に進めない旨を話すと、途端にレオナは大きく肩を落とし、オリ君はレオナを励ましながら彼女の頭を撫でる。
そんな二人がなんだか貧困に苦しむ子供のように可哀そうに見えてきた。
そこでさらにオリ君が悲しそうにこちらを見つめてくるものだから、妙な罪悪感に駆られた私は極力二人を見ないようにしつつ急いで近くにいる住人に声をかける。
「あの、すみません!」
「あら、可愛い旅人さんたちだね。ようこそモコディアへ」
私が声をかけた年配の女性は、作業中だったにもかかわらず笑顔で歓迎し、近くまで歩み寄って来てくれた。
だが、女性は荷車に乗せていた男たちの顔をみると急に目を大きく見開いて驚きの表情を浮かべ、あからさまに動揺したように話しかけてきた。
「あ、アンタたち!何処でこの男たちを拾ったんだい!?」
「えっ…あの、グリンフィール近くの街道で魔物に襲われていたので、そこで保護したんですけど」
「そんな所で…でも、無事みたいで良かったよ。ありがとうね旅人さん!この子らはうちの村の若造でねぇ、急に行方をくらましてたもんだから心配してたんだ。いやぁ、本当に助かったよ」
女性の反応に驚いた私は家畜泥棒か何かを助けてしまったかと思ったが、どうやらこの男たちは行方知れずとなっていたこの村の住人で、グリンフィールに捜索依頼を出すところだったらしい。
男たちの無事を確認した女性は目元に薄っすらと涙を浮かべて喜び、私たちに向かって手を合わせながら何度もお礼を口にした。
「いったい今度は何の騒ぎだ?」
「みんな聞いとくれよ!この旅人さんたちが、いなくなった若造たちが襲われてたところを助けて村まで運んできてくれたんだよ」
「な、なんだって!?あいつら、無事だったのか!」
そして、女性の様子から只事ではないと感じ取った他の村人たちも続々と集まり、私たちの周りはあっと言う間に人山の黒集りとなってしまった。
オリ君とレオナは一気に人間たちに取り囲まれた事に驚いてしまったのか、2人ともぴったりと私に張り付いてきた。
私は2人を落ち着かせるように優しく彼らの腕や背中を撫でつつ、村人たちにこの場所から離れてもらう方法を必死で考えるが、私自身もこんな大事になると予想しておらず上手く思考が回らない。
「アンタたち、客人が困り果ててるじゃないか!」
私たちが村人に囲まれて慌てふためいていると、1人の女性が村人たちを大声で一喝し、人混みをかき分けながらこちらに近づいてきた。
すると村人たちは、今度は大声をあげた女性の方へと集まっていく。
「村長!行方不明だった奴らが…!」
「それはとっくに知ってるよ。騒ぐ余裕があるなら、その子たちが助けてくれたウチのバカたちを運んでやんな!ここは私が引き受けるから、みんなは仕事に戻って」
村長と呼ばれた先ほどの女性がさらに喝を入れながら指示を出すと、村人たちはそれぞれ指示にしたがって持ち場に戻り、私たちの周りから離れて行った。
野次馬のように集まってきた村人がいなくなったことで落ち着きを取り戻したオリ君とレオナは私から身体を離し、その様子を見た村長さんはふぅと息をはいてから私たちに話しかけてきた。
「…驚かせて悪かったね。でも、村の仲間が無事で舞い上がっちゃっただけだから、気を悪くしないでおくれよ。それにしても、ずいぶんと若い旅人さんたちだねぇ」
「私の兄を探して旅をしているんです。金髪で少し背が低くて、紫色のローブを着た人を見ませんでしたか」
「もしかして、スタナって名前のやたら元気な子じゃないかい?」
「そうです!あの、彼は今どこに」
私は村長さんに旅の経緯と兄の特徴を伝えた。
すると村長さんは、まだ私が伝えていない彼の名前と性格的な特徴をピタリと言い当ててきた。
その人物は〈赤い髪の妹がいる〉とも言っていたらしいので、村長さんが思い浮かべた人物はまず間違いなく兄のスタナだろう。
「あの子なら1週間くらい前に来て、南の方に行ったよ。そういえば、いつもならとっくに戻って来てるのに、まだ見かけてないね」
村長さんの話によると、彼は2ヶ月に1度くらいのペースでここを経由して南に行っているらしく、普段なら2~3日ほどでまたこの村に戻り、ハンティスやグリンフィール行きの辻馬車に乗って行くそうだ。
フェミさんの依頼を終えたあとの彼の足取りが掴めた事は嬉しいが、まだ北へと戻る彼の姿を見ていないというのがとても気がかりで仕方がない。
この村の向こうで、凶悪な魔物や見たことも無い化け物にでも出くわして迷ってしまったのか。
あまり考えたくはないが、もしかしたらもう…
ハンティス村を出てからはずっと前向きに考えてきたが、ここに来てまた後ろ向きな事を想像してしまい、一気に胸が苦しくなってきた。
「アンタ、急に顔色が悪くなっちまったけど大丈夫かい?心配させるような事言っちまったけど、前にも1週間くらい戻らなかった事もあったから大丈夫だよ」
「そう、なんですか」
「あぁ、だからそんな暗い顔しなさんな。それより、もうすっかり日も落ちちまったし、今日はこの村に泊まっていきなよ。村の者が世話になったお礼に、とびっきりの肉料理を思う存分食べて行ってちょうだい」
村長さんは不安で落ち込む私の頭を2、3度ポコポコと叩いて励まし、今日の宿泊場所と村の特産物でもある肉料理を用意すると言ってくれた。
いつまで旅を続けるのか分からない状況で宿泊先と食事を用意してもらえる事はとてもありがたい。
だが、人間とは距離を置きたいであろうオリ君とレオナはどうだろうか。
そう思った私が二人の顔を覗き込むと、オリ君は嬉しそうに口の両端を引き伸ばして頷き、レオナも期待に胸を膨らませて目をキラキラと輝せていたので、私達は村長さんの厚意に甘えさせてもらうことにした。
この村には宿屋というものは無いらしく、帝都から定期的に村へやって来る兵士たちが寝泊まりしているというログハウスを使わせてもらうこととなった。
運よく今は巡回兵がいない時期らしく広いログハウスは私たちの貸し切り状態で、正体がバレる心配の無くなったオリ君とレオナは各々好きな部屋を選んでゆっくりとくつろぎだす。
しばらくすると夕食が出来たらしく、村長さんと数人の村人が様々な肉料理をラウンジに持ってきてくれた。
ステーキやビーフシチューなどは、まるでお肉が口の中で溶けるような食感で思わず舌鼓をうつ。
だが鳥の兜揚げという料理は私にはインパクトが強すぎて口にする気になれず、隣にいたレオナに差し出すと私の分まで嬉しそうに食べてくれた。
戦いやハンティス村での生活で生き物の生首を見る事に抵抗はあまりないが、お皿にたくさんの頭だけが乗っているとなんだか不気味で仕方がない。
なんだかんだでお腹いっぱい肉料理を堪能した私は、その後村の長老様や村長さんにフラウリアスという町について聞いてみた。
彼らの話を要約すると、フラウリアスという町は自然が豊かで季節ごとに替わる草花も美しく、少し離れた森に入れば様々な果物が自生しているのどかな町だったそうだ。
そして、辺境の小さな村であるにも関わらず医師が住んでおり、当時はこの村の住人もお世話になっていたそうで、年配の村人は口々にその医師の話をしてくれた。
話によるとその医師は性格も良く腕も確かだが、異常なほど家族を溺愛しており、治療が終わるとずっと家族の自慢話をしているような人だったそうだが、17年前に魔物に襲われて村人やその医師も亡くなり、フラウリアスも廃村となってしまったらしい。
自分の生まれ故郷だという村がどんなだったのかを知る事が出来た事は嬉しかったが、いくら話を聞いても他人事のようにしか感じられないことが少し悲しかった。
気が付くとオリ君とレオナの姿が見当たらず、私がフラウリアスの話を聞くことに夢中になっている間に個室に戻ってしまったらしい。
私としてはもう少しフラウリアスについて聞きたかったのだが、明日も早朝から村を出る事を考え、村人たちに料理のお礼を伝えて私も自分が選んだ部屋に戻って眠ることにした。
明日は道に迷わなければ、いよいよ故郷であるフラウリアスにたどり着く。
そこに行けば、スタナが見つかるかも知れない。
たとえ見つからなくても、何かしらの手がかりがあると信じて私は静かに目を閉じた。
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