木々が鬱蒼と生い茂る森の深部。
この辺りはあまり人が通らないせいか、草木は伸び放題で足場も悪い。
そんな場所を私、フレス=ハイトは一人黙々と進んでいた。
数日前にこの辺りを通った猟師が魔物に襲われたらしく、その前からも何度か被害が出ているため、人間を襲った魔物の調査を依頼されたのだ。
猟師が襲われたという場所に着くと、早速魔物に出くわしてしまった。
相手は人型で、通称ゴブリンと呼ばれている魔物が二体。
比較的よく見られる魔物で、知能も低い。
「風の刃よ…あの者たちを斬り裂け!」
私は即座に魔法を練って風の刃を飛ばし、ゴブリンたちを切り裂いた。
ゴブリンたちはその一撃で呆気なく倒れ、動かなくなった。
「…ふう。調査だけの予定だったけど思ってたより魔物が多いわね。一人で来るんじゃ無かったかも」
ゴブリンたちを倒して一息つき、少し気を抜きかけたその時、私の後ろに生える大木の上から気配を感じた。
「まだいたのね、出てきなさい!」
「…っうわ⁉︎」
私は再び魔法を練ると、気配のする方へ瞬時に風を飛ばした。
するとどうやら気配の主に当たったらしく、大木の上から一人の少年が落ちて来た。
(…ちょっとまって、子供⁉︎)
私が木から落とした相手は、とても狂暴そうには見えない白髪で紅い瞳を持った12歳前後の少年だった。
驚いた私は、慌ててその少年の方へ駆け寄った。
「ごめんね、悪い魔物だと思って攻撃しちゃったけど大丈夫⁉︎今、手当てしてあげるから、動かないで…」
少年は私を警戒している様子だったが、足を挫いて上手く動けないようだった。
私は、ベルトに付けているカバンから薬と布を出して少年の手当てを始めようとした。
ーまさにその時、私の真横から、普通では考えられないほど大きな狼が出てきたのだ。
美しい金色の体毛を逆立て、「ウウウ…」と唸りながらこちらを威嚇している。
このままでは少年が危ないと思った私は、とっさにその少年を庇うように強く抱きしめ目をきつく閉じた。
しかし、しばらく経っても本来くるはずの痛みも衝撃もない。
不思議に思った私が金色の狼のいた方を恐る恐る見ると、そこには長い金髪を左右にまとめた少女がこちらを睨み付けて立っていた。
あの美しい狼はどこへ消えたのだろうか?
この少女はいったい何者だろう?
様々な疑問が頭を巡る。
そこでもう一度少女の方を見ると、怪我をした少年を心配そうに見つめていた。
もしかしたらこの少女は、私が怪我をさせてしまった少年の同伴者ではないかと思い、声をかけてみることにした。
「あ、あの…もしかして彼のお姉さんですか?」
言葉が通じてないのだろうか。
何の反応も返ってこない。
相変わらず私を睨み付けているが、攻撃してくる様子も無かったので、私は少女の視線を感じつつも少年の手当てを再開した。
少年の手当てがあら方終わった頃、やっと二人が口を開いてくれた。
「はー、痛かったよきみの攻撃。僕じゃなかったら死んでたかも。それにしても変な人間だね、きみってさ」
怪我を負わされたというのに、少年の態度は飄々としている。
「やれやれ」といった感じで手当てした場所をさすっていた。
「なぜ私たちを殺さないの?私たちが魔物だと気付いているでしょ」
やはり、この金髪の少女は彼の知り合いだったようだ。
私から少年を引き剥がすと、私を睨み付けながらそう言った。
そして、彼女の言葉で今までの二人の反応に納得がいった。
言葉が通じてないのではなく、魔物だったから人間の私を警戒して話さなかったのだろう。
「私は、人間じゃなくても敵意が無ければ戦う必要も無いと思ってるの」
私のこの発言に二人はとても驚いたようで、目をまるくしていた。
それも無理は無い。
普通なら、人間と魔物は目が合っただけで争い、殺し合い、決して解り合えないと思われている。
しかも人間側には、魔物撲滅をうたう教団があるくらいだ。
私の発言を聞いて、少年の方は呆れたような表情になりつつある。
「そういえば、まだ名前も名乗ってなかったよね?私はフレス、フレス=ハイトよ。この森の近くに住んでいるんだけど、あなたたちは?」
「驚いたよ。本当に僕たちの事を怖がらないんだね。僕はオリ、こっちはレオナだよ」
良かった、私に戦う意志が無いことが伝わったようで、白髪の少年オリくんが、金髪の少女レオナさんの分まで紹介してくれた。
「フレスは、本当に私たちが怖くないのか?今まで会ってきた人間は、私たちの正体を知ると逃げるか攻撃してきた…」
「少しは怖かったけど、レオナさんはオリくんを助けようとしただけでしょ?最初にオリくんに怪我をさせたのは私だから、悪いのは私の方よ…二人ともごめんね?」
「フレスは、本当に人間と魔物を差別しないのね」
レオナさんは呆れたような、でも少し嬉しそうな顔をしながらそう言った。
「ねぇ、良かったら私の家に来ない?ここじゃまたいつ狂暴な魔物が出るかも分からないし、お詫びも兼ねてお昼ご飯をご馳走させて?」
「本当に良いの?じゃあちょうどお腹が空いてきたし、お邪魔しようかな。レオナも行くよね?」
私の提案にオリくんが同意し、レオナさんも「オリが行くなら」と言って受け入れてくれた。
私は風の移動魔法を使って二人を自宅に案内した。
私は、森で出会った魔物のオリくんとレオナさんを連れて、森を抜けた先にある三階建ての少しこじんまりした民家にやって来た。
「ここが私の家よ」
この木と石で作られた白っぽい民家が私の住んでいる家だ。
「あっ…私、兄と二人で暮らしてるって事を言ってなかったよね。すごく騒がしいけど、自分から魔物を探して仲良くなろうとする人だから大丈夫だと思うんだけど…」
「へぇ〜、お兄さんがいるんだ。もしかして、フレスさんが魔物を怖がらないのってお兄さんの影響かな」
「多分そうだと思うわ」
兄の存在を話していない事に気付いた私は、二人を驚かせてしまわないように彼の事を話した。
正直なところ、「騒がしい」という表現では生ぬるいようにも思う。
様々な意味で常識はずれな兄の事だ。
二人に何も話さずに鉢合わせたら間違いなく戦闘になると思う。
この家の一階は倉庫になっているため、外階段を通って二階の玄関の扉を開けた。
玄関を過ぎると、木の温もりが感じられる簡素なリビングに入った。
「二人とも、好きな場所に座って」
リビングの中央らへんにある机を指してそう言うと、オリくんは笑顔で頷き、傍にあったイスに腰かけた。
レオナさんは初めて訪れる場所に少し戸惑っているようで、立ったまま辺りをキョロキョロと見回している。
「…ただいま〜‼︎スタナ〜、スタナ居ないの?」
家にいるであろう兄のスタナを紹介するため、家中に響くように呼びかけた。
だが、普段はすぐに飛んでくる彼の返事が返ってこない。
上にある私室で寝ているのかと思い、リビングの隅にある階段に向った時だった。
「フレス〜‼︎」
「きゃあ⁉︎」
ードス!ー
「痛っ…!フレス待った…!」
私は上階から飛び降りてきた者に驚き、その人物を避けつつ手に持っていた杖で思いっきり殴りつけた。
私の叫び声を聞いたオリくんとレオナさんも、私に飛び掛かってきた者に驚いて臨戦態勢に入ってしまっている様だ。
「まっ待てってフレス、俺だよ!スタナだって‼︎脅かして悪かったから杖で殴るなよ〜」
「吹き抜けから飛び掛かって、泥棒か何かかと思ったじゃない‼︎…オリくんもレオナさんも、驚かせてごめんなさい。彼がさっき話した兄のスタナなの」
「え、この人が…フレスさんのお兄さん…?」
そう、私に飛び掛かって来た金髪でオレンジの瞳を持ったこの青年こそ、私の唯一の肉親である兄のスタナなのだ。
「オリとレオナって言うのか。俺はスタナ、よろしくな!」
「へ、へぇ…面白い、お兄さんだね…」
あまりに破天荒な兄にオリくんは若干引き気味になり、レオナさんは怪しむように私に問いかけてきた。
「フレス、この男は本当に大丈夫なの?」
「あぁ、うん。昔からこんな感じの性格なの…害は無いと思うから大丈夫よ」
「昔から…フレスも大変ね」
オリくんは完全に引いている様子でレオナさんもまだ少し警戒しているみたいだけど、とりあえず家の中が戦場にならなくて良かった。
家に入る前に彼の事を話しておかなかったら、本当に戦場になっていたところだ。
そういえば、自己紹介をした後からスタナが静かだ。
普段なら気さくに飲み物やお菓子を出すか、私に引っ付いたりして賑やかにするのに。
気になった私がスタナの顔を覗いてみると、彼は目を丸くして呆然としていた。
「スタナ、どうしたの?」
「フレス…この二人って魔物だよな!子供の方は見た目からして吸血鬼だな。女の子の方は獣人系、ワーウルフか。すげぇ、やっぱり人間と話をする魔物はまだいたんだ‼︎」
スタナは珍しいもの好きで、特に魔物に強い興味を持っていた。
二人が魔物だと見抜いたスタナが、興奮した様子で彼らに詰め寄ろうとしたので再度杖で殴った。
「もうスタナったら、そんなに騒いでつめ寄ったら二人が怖がるじゃない」
「ごめん、悪かったよ。俺何か飲み物入れてくるから、少し待っててくれ」
そう言うとスタナは、リビングに併設してあるキッチンへ向かって行った。
「はぁ、スタナが何度も驚かせてごめんなさい…」
「あんな人間もいるんだね…でもフレスさんの言ったとおり、彼は本当に魔物に好意的みたいだね」
私はいたたまれなくなって二人に謝罪した。
すると私を気遣ってくれたのか、オリくんは驚きつつも笑ってそう答えてくれた。
「飲み物できたぜ。香りの弱い紅茶選んだけど、レオナって紅茶飲めるのか?飲めないならミルクくらいしか無いんだけど…」
スタナがキッチンからティーセットを持って戻ってきた。
レオナさんが臭いに敏感なワーウルフだということを気にして、紅茶とミルクを用意したらしい。
「スタナ、私お昼ご飯作りに行くけど、私がいない間ちゃんと大人しくしててね。二人に迷惑かけちゃだめよ!」
「そこまて言うなよ〜…」
私が「めっ!」と釘を刺すとスタナはしょんぼりしだしたが、気にせずキッチンへ向かった。
昼食を作ってる間に3人とも少しは打ち解けたようで、特に私が気にするような騒ぎは起きなかった。
昼食のハムサンドとスープが出来たので、おやつに用意していたクッキーと共に机に並べた。
「こんなものしか出せないけど、たくさん食べてね」
「フレスの作るスープ、すごく美味いんだぜ」
スタナは「いただきます!」と私に笑顔で言うと、ハムサンドを頬張った。
「それじゃあ、遠慮なく頂くよ。レオナも食べようよ」
オリくんに促され、部屋のすみで立っていたレオナさんも渋々席についた。
「うん、とても美味しいよ。フレスさんは料理が上手だね」
魔物である二人の口に合うか心配だったけど、どうやら気に入ってもらえたようだ。
レオナさんは、始めこそ匂いを嗅いだりして警戒していたけど、一口食べて安全だと分かったら黙々と食べていたし、オリくんはスープのおかわりまでしてくれた。
スタナ以外の人と食事なんて久々だったせいか、この日の食事はいつも以上に楽しく思えた。
食事を終えて皆が落ち着いたところで、レオナさんが口を開いた。
「…1つ聞いてもいい?スタナは、なんでオリだけしゃなく私も魔物だと分かったの?」
「それ、僕も気になってたんだ」
言われるまで気が付かなかった。
スタナはこの家の中で私の客人として二人と会ったのに、なんで魔物だと分かったのだろう。
確かにオリくんは吸血鬼の特徴である白髪に赤目で耳も少し尖っているし、人間ではないと判断できるかもしれない。
しかし、レオナさんの見た目はほとんど人間と変わらないのだ。
しかも種族まで言っていたし。
「レオナが魔物だって、見れば分かるだろ」
「どう見たら魔物に見えるのよ⁉︎」
スタナはきょとんとした顔でそう答えた。
出会った時二人が魔物だと気付けなかった私は、つい大声を上げて聞き返した。
「レオナは反応と…あとは勘だな!」
反応はともかく、勘で分かるスタナはすごいと思う。
彼の動物的勘にはいつも驚かされる。
「…本当に人間なの?」
「俺は間違いなく人間だからな⁉︎」
レオナさんが疑うようにスタナを見つめると、スタナが即座に反論した。
実の兄のはずなのに、私までスタナが人間じゃ無いのかもと思ってしまった。
「フレスも変わっているけど、スタナはもっと変わってるわね…」
「そういえばフレスさんも、最初から僕たちが魔物だって分かってたのに全然怖がらなかったよね」
オリくんが、森での私の反応を思い出して呟いた。
「え?私はレオナさんに、自分たちが魔物だって言われるまで二人が魔物だなんて気付かなかったけど…」
私の思わぬ回答に、オリくんは一瞬唖然とした顔をした。
「まさかフレスさん、狼姿のレオナもしっかり見てたのに全然気付いてなかったの?」
「最初は私の見間違いかと思ったのよ。でも、あの時レオナさんは私を攻撃しなかったから、怖い魔物じゃないんだと思ったの」
話を聞いていたレオナさんは「呆れた」とばかりに目を細め、スタナとオリくんは楽しそうにケラケラと笑いだした。
私、そんな変な事を言ったかな?
様々な話をしているうちに日は暮れて、窓からオレンジ色の光が射し込んできた。
「そういえばフレス、仕事の報告って終わってるのか?」
「いけない、すっかり忘れてたわ!依頼主のおじさんにゴブリンを討伐した事を報告しなきゃ」
私は慌てて支度を始めた。
するとオリくんも席を立ちだした。
「日も落ちてきたし、僕たちは帰るよ。行こう、レオナ」
「うん」
「あ、ちょっと待って」
帰ろうとした二人を呼び止めると、私はお皿に残っていたクッキーを布で包んで手渡した。
「これ、良かったらお土産に持って行って」
「二人ともまた来いよ。こんな場所だから人間なんか滅多に来ねぇしさ」
オリくんとレオナさんは二人で顔を見合わせている。
レオナさんが「本当に良いの?」と戸惑いがちに言ったので、私とスタナは揃って「もちろん」と答えた。
「二人とも、出会った場所まで送るわ」
「いいよ、フレスさんはお仕事の報告があるんでしょ?お昼ご飯、ごちそうさま。また遊びに来るよ」
幼い見た目に反して、きちんとした挨拶でオリくんは別れを告げた。
「おう、待ってるからな!」
「二人とも気をつけて帰ってね」
私たちは二人を見送ると、スタナはまたお留守番、私は仕事の報告に向かった。
こうして私たち兄妹に魔物の知り合いが出来たのであった。
仕事の報告を終えて家に着く頃には、辺りは真っ暗になっていた。
私が家に帰ると、スタナが夕食の支度をしてくれていた。
「ただいまスタナ。遅くなってごめんね」
「フレス!今、野菜煮込みながらサラダ作り終えたとこなんだ」
キッチンから出てきたスタナは、まるで飼い主に「褒めて」と訴える犬みたいで少し吹き出しそうになった。
私は笑い出さないようにグッとこらえ、スタナにお礼を言って彼の大好きなシチューを作り始めた。
夕食がシチューだと分かったスタナは大喜びして、引き続き夕食の支度を手伝ってくれた。
スタナは普段、おちゃらけたり一般的な考えでは想像も付かない行動をとったりする。
でも、自分から家事の手伝いや力仕事をしてくれるし、仲間思いで優しい一面もある。
他人からは「変人」とか「トラブルメーカー」などと言われているけど、私にとってはとても頼りになる自慢の兄だ。
本人に言ったら、大はしゃぎして抱き付いて来そうだから言わないけど。
「…よし、夕食完成ね」
「おぉ、早く食べようぜ!」
そう言うとスタナは、出来上がった料理をサッとリビングに運び席に着く。
私も冷やしておいたお茶を持って席に着き、スタナと一緒に夕食を食べだした。
ある程度食事を食べ終わったころ、追加の依頼を受けたことを思い出し、向かいに座っているスタナに話しかけた。
「そういえば、スタナは明日も仕事無かったよね?」
「あぁ、空いてる。追加での討伐依頼の協力なら俺も一緒に行くぜ」
明日の予定を聞いただけで、彼は大まかな仕事の内容を言い当てて即座に快諾してくれた。
嬉しいけど、話を聞かずに受けてしまう彼に少し不安になった。
「…どうした、何か不安でもあるのか?」
「え、なんで?確かにさっきスタナが話も聞かないで仕事を引き受けちゃった事に、少し不安にはなったけど…」
先ほど不安に思ったことが早くも見透かされた。
やっぱりスタナは他人の感情というか、空気的なものを読み取るのが上手いと思う。
活用するのは苦手みたいだけど。
「フレスは気になる事があると少しだけ目を細めるからな。安心しろよ、内容聞かずに仕事受けるのはフレスから頼まれた時だけだからさ」
そう言うとスタナは、私の頭を優しく撫でてきた。
嬉しいけど、なんだか恥ずかしくなり「もう子供じゃないよ」と言って彼の手を払い、急いで食事を食べ終えて片付けに入った。
手を払われたスタナはションボリしながら食事を続けていた。
その後スタナは明日のために、彼が愛用している長さの異なる二本の剣の手入れを始めだす。
私の方も明日の支度を終えて眠るために自室へ向かおうとした時、スタナが声を掛けてきた。
「フレス、もう寝るのか?」
階段を上り掛けていた私が振り向くと、彼はまだ剣の手入れを続けていた。
「うん。今日はいろんな事があって少し疲れたし…それに、簡単な仕事でも討伐は油断したら危ないもの。スタナはまだ寝ないの?」
「あぁ、コイツらの手入れをしたら寝る」
そう言いながら、手に持っていた剣を軽く持ち上げて見せた。
私は彼に「おやすみなさい」と一言告げると、上階にある自室で眠りに着いた。
ーその夜、私は悪夢にうなされていた。
草花が咲き乱れる小さな村で、村人たちが化け物に襲われ次々と死んでいく。
そんな悲惨な光景を、二人の子供が建物の中で怯えながら見ている。
聞こえるのは妙にリアルな悲鳴と、化け物の渇いた呻き声だけ。
(嫌だ…見たくない…聞きたくない…!)
私の思いとは裏腹に、夢は悲惨な光景を見せ続ける。
しばらくすると、一人の男が子供たちのもとへ駆け寄り、何かを言い聞かせながら子供たちを外へと連れ出した。
「…逃げなさい」
他にも何かを言い聞かせていたけど、かろうじて聞き取れたのはこの言葉だけだった。
男は二人から離れ、化け物のいる方へ向かおうとしたが、子供の一人が男にしがみついて離れようとしない。
その時、一人の女性の叫び声が響き渡った。
悲鳴をあげた女性は化け物に捕まっており、それを見た男は血相を変えて女性のもとへ走って行った。
だが、男の行動も虚しく、女性は凄まじい悲鳴をあげながら化け物に殺されてしまった。
ー……!…す…!ー
「フレス‼︎」
私は、叫ぶように私の名を呼ぶスタナの声で現実に引き戻された。
目の前にいるスタナはとても心配そうな顔をしていて、私が目覚めたと分かると大きな安堵のため息をついた。
「はぁ…良かった…寝ようとした時にフレスの叫び声が聞こえたから、心配したぜ…まだ顔色悪そうだけど、大丈夫か?」
「うん、大丈夫…」
そう言いつつも、あの悲惨な夢の事が頭から離れず、気分が悪い。
「もしかして、またあの夢を見たのか?」
私はスタナの問い掛けに無言で頷いた。
この夢は、私が物心ついた頃から何度も見ている。
初めはただただ人が殺されていく夢だったが、見るたびに夢の中の景色や人物、音などが鮮明になっていく。
幼い頃は、あまりの恐怖からスタナに泣きついたりもよくした。
なぜこんなに恐ろしい夢を15年以上も繰り返し見続けるのだろう。
なぜ内容が変わらず、鮮明になっていくのだろう。
疑問が次々と沸き上り、私は顔をしかめる。
「えぇっと…ほら、夢なんだからあんまり気にすんなよ。明日は朝から魔物討伐だろ?ここ何日かフレスは休めてないんだし、しっかり寝とかないとさ!」
「…うん、そうね。明日のためにもしっかり休まないとね」
スタナは「夢なんだから大丈夫」と言いながら私の頭を撫でて落ち着かせようとしてくれた。
私が「もう大丈夫だよ」と言うと、スタナは再度「気にすんなよ」と言って私の部屋を出て行った。
気にするなとは言われたけど、どうしてもあの夢の事が気になってしまう。
今まではずっと、スタナに「大丈夫」と言ってもらえるだけで安心したし、あまり気にする事も無かった。
でも、今日の夢は何だかいつもと違うように感じた。
以前までは、怖い物語を読んでいるような、何処か他人事のような感覚だった。
だが今回は、まるで自分がそこに居るような感覚がした。
あんな場所、行ったことなんてないはずなのに…
夢の事は気になって仕方ないが、討伐の仕事は何が起こるか分からない。
予想外の出来事が起きたり、想定外に強い相手が現れる事だってあり、最悪の場合は命を落としかねない。
私は万全の体制で挑むためにも、なんとか自分を落ち着かせて再び眠りに着いた。
あれはただの夢なんだと信じて…
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